貴方が望んでいなくとも
目を開ける。ここはいったいどこなのか。私は……。
「ああ、目を覚ました。ずっと待っていましたよ」
急に声が掛かって、そちらへと目を向けた。
すぐ傍らに座っていたのは、黒い長衣を纏う、いつかの彼だった。
「どうして……だって、私は……」
「あなたは戻って来たのですよ」
うっとりと微笑む彼の手が、優しく私の頬を撫でた。だって、あの時私を帰してくれたのは、確かに彼だったはずだ。
私が彼の元に来たのは十八の時だった。
高校の卒業式が終わり、クラスメートたちとお別れ会を済ませ、帰途についたその路上。夕闇であたりが暗くなるころ、いきなりの突風に吹かれて、気付いたら見知らぬこの場所に立っていたのだ。
言葉も何もわからず、何が起きたのかもさっぱりわからずに怯える私を宥め、受け入れてくれたのは彼だった。
言葉が理解できるようにと魔法を使い、帰りたがって泣く私のためにその方法を必死に調べてくれた。そうやって、とうとう突き止めて、元いた場所への道を繋いで帰してくれたはずだった。
なのに、どうしてまた、私はここにいるのだろう。
とろりと微笑む彼は、以前とは少し違って見えた。
「ずっと、あなたが欲しかった」
「欲しかった、って……」
「けれど、あなたの望みを叶えると、あなたを帰すと誓ってしまった以上、帰さないわけにはいかなかったのです」
「え……?」
まるで、彼は帰したくなかったような口ぶりに、私は思わず目を瞠る。
「けれど、あなたが一度帰って死んだ後なら、もうあなたを帰す必要がなくなるでしょう?」
「死ん、で?」
「そう」
彼の笑みが深くなる。
「向こうで、あなたは死にました。だから、再びここへ戻って来たのです」
呆然とする私を、彼はそっと抱き締める。
「もう、あなたはここに留まるしかない」
「どういう、こと……」
「あなたは、ずっと私のもとに居るしかない」
そうだ、確かに私は元の世界で、死んだはずだ。
天寿を全うして。
「私はあなたの望みを叶え、あなたを帰した。あなたはあなたの望みどおり、あなたの世界で人生を全うした。
私は望まなかったけれど、あなたが望んだから、そうしたんです。
なら、今度は私の望みを叶えてくれても、いいはずですよね?」
戻った後、私は大学に入り、就職し、結婚して、子供を産んで……還暦を迎える前に癌になって孫を見ることは叶わなかったけれど、確かに、普通に人生を送って死んだ。あの、卒業式の日から続く半月ほどの出来事も、彼のことも、夢か何かだったんじゃないかと忘れて。
「本当に、戻りたいんですね」
そう、寂しそうに呟く彼のことなど見なかったことにした。
ただ泣くばかりの私のために奔走してくれたことなんて、いっぱいいっぱいだった私に感謝する余裕なんてなかったんだと言い訳して、きれいに忘れて……ただ、タチの悪い夢を見てしまっただけなんだと、忘れてしまっていた。
「あなたの、望みって」
「あなたが私とともに在ることです」
「でも、私は……」
「あなたがあなたの望むとおりにできるよう、私は尽力したでしょう?」
「でも、この身体は? あっちに戻ったことが、夢だったの?」
ふんわりと微笑む彼が、私にキスをする。
「いいえ。確かに現実ですよ」
「でも、あれから四十年は経ってるのに!」
「ええ」
わけがわからなくて、私は混乱する。
どうして、私はここにいるのか。
どうして、彼は歳を取ってないのか。
「――魔法?」
「ええ、魔法です」
彼は私を抱き締めて、耳元で囁く。
私を戻した後、私があちらで生命を落としたらここへ戻るようにと身体を複製し、魔法を掛けたのだと。
そして、彼自身も、私が戻ったら目覚めるように設定して、時を留める魔法の眠りについていたのだと。
「だから、今度は私の望みを叶えてください」
囁いて、今度は深くキスをする。
キスをされればされるほど、私の生前の……あちらで送った人生の記憶も薄れていく。これも、魔法なんだろうか。
「たとえ、今はあなたが望んでいなくとも、すぐに望むようになりますよ。
だって、精神は身体に引き摺られるものですから」
優しく優しくキスをしながら、彼が囁く。
蕩かすように、甘く、何度もキスをする。
「あなたはもう私のもの。私の望みどおり、ここで一生を共にしましょう……ねえ、愛しい人?」
彼の声だけが、私の中に満ちる。
診断メーカーの四択お題で一番票が入ったやつから。
魅惑のヤンデレエンド。たぶん幸せ。