おっさんミーツヤンキーガール
いただいたお題:タイムスリップしてきた武士と女ヤンキー
そのおっさんが現れたのは近所の河川敷だった。
学校をサボっていつもの高架下でダラダラと雑誌をめくっていた。
青い空に雲はちらほらで天気もいい。
今から学校もかったるいし、この後どこで時間を潰そうか……なんて考えていたら、袴姿に刀を持った、いかにもな侍姿のおっさんがあたしの目の前に現れたのだ。
時代劇でよく見かけるような格好で、だけど丁髷がバサバサで時代劇よりもずっと小汚い、ずぶ濡れのおっさんが。
おっさんはポンと音を立てていきなり現れると、おろおろと周りを見回して、ぽかんと口を開けた間抜け面であたしを向いて……いきなりマジな顔になった。
「――貴様、その面妖な形は狐か、それとも魑魅魍魎か」
「はあ? おっさん何言ってんの? 頭おかしーのかよ」
「まさか貴様、それがしを亡き者にせんという刺客か!」
「う、わっ!」
おっさんは、片手に下げていた刀をいきなり振り上げた。とっさにカバンを盾にしたら、ズバンとかガチンとか、えらく派手な音がした。
「いきなり何すんだよいたいけな女子コーセーによお……って! 何これ! 切れてんの!? マジ!? げえ、それ銀紙貼ってるんじゃねえの!?」
カバンはすっぱり真っ二つ……まではいかなかったけど、補強の硬いやつが入ってない革のところがすっぱり切れていた。補強抜いたほうがもっと薄くできると友達が言ってたけど、面倒がって抜かなかったことに感謝した。
「貴様、避けるとは只者ではないな? 斯くなる上は……」
「てめ、町中で刃物振り回すとか、頭おかしいのかよ!」
あたしはとっさにペットボトルを投げようと振りかぶる。そいつはすぐさま刀を構え……頭の上を走り過ぎる、ゴォーッという特急の轟音に驚いてびくりと震えた。
あたしの手を離れたペットボトルが、ごつん、と派手な音を立てて頭にクリーンヒットした。たまらず仰け反ったおっさんの隙を逃さず、あたしはカバンをフルスイングだ。
……カバンの横は意外に硬い。中身はスカスカでも、側面をうまくぶち当てるといかつい高校生男子だって一撃で白目を剥いたりするのだ。
果たして、うまく決まってひっくり返ったおっさんの手から、あたしは刀を取り上げて川へ投げ込んだ。こんなものが警察に見つかったら、まちがいなくとばっちりを食ってしまうに決まってる。さっさと捨ててしまったほうがいい。
ついでに制服のスカーフでおっさんの手を縛りあげてから、ペットボトルに汲んだ川の水をざばざば掛けてやった。
「くう、斯くなる上は、殺せ」
おっさんはまだ武士ごっこを続けるらしい。
こんなシチュエーション、なんかで見たことがある。友達の持ってたマンガだったか。たしかくっころとかいうんじゃなかったか。
「何言ってんだよ。人のこと殺人犯にするつもりかよふざけてんのか」
「それがしは真剣だ。武士の魂を取り上げられ、このような生き恥を晒されては先祖に申し訳が立たぬ」
「何言ってっかわかんねえけど、もういいから家帰れよ」
おっさんはたちまちぐっと言葉に詰まり、顔を顰める。これはあれか。おっさん、なんかやらかしたのか。
「帰る場所などない」
「あ? 家出? おっさんいい歳してホームレスにでもなるのかよ」
「ほうむ……?」
あたしの言葉に、おっさんはぱちくりと目を瞬かせた。こうしてみると、意外に若いんじゃないだろうか。
「おっさんさ、何が悲しくて武士ごっこなんかしてんのか知らねーけど、刀なんか振り回してヤケになるのはまだ早いって。それともあれか? 刑務所入れば食いっぱぐれることないとか、そんなん狙ってんの?」
「は?」
「まー、何日風呂入ってないのか知らねーけど、風呂と飯くらい世話してやっから、ヤケになるのやめようぜ、な?」
「もしや、それがしに情けを掛けようと申すのか」
「んー? なんだっけ、情けは人のためやらずとかいうじゃん?」
「それは、ためならずではなかろうか」
「こまけーこと気にすんなよ。あたしも、そろそろ帰って飯の支度しなきゃなんねーし、つべこべ言わずおっさんも来いって」
あたしは腕を掴んでおっさんを立たせると、そのまま引きずるように歩き始めた。おっさんは主家がどーとかよくわからない話をだらだらと語っていたが、あたしには難しくてよくわからなかった。
この後、おっさんがなんかガチで武士だったとか、なんか知らないけどいつの間にか居候だったとかいろいろあったが、それはまた別の話だ。
まさかのタイムトラベルかと、ちょっと悩んだ。
ヤンキーガールが面倒見がいいのは、王道と思うんですよ。このあと「こまけーこと気にすんなよ」の精神でおっさんとくっつけばいい。