医者と侍女
いただいたお題:いけない薬を買いに来た貴族令嬢の侍女と、くちばし付きマスク被った医者の勘違いラブ
何度この薬を買いにこの医者を訪れただろう。
だが、今日の訪問は、主人たる姫の使いでなく自分の為だった。
「お代はいつもの通り」
いつもと同じ、少し素っ気ない言葉が返る。その低すぎない掠れ声は、医者の付けた鳥の仮面の下で少しくぐもって聞こえた。すらりとした細い身体と丁寧な物腰は、私の心臓を大きく早く脈打たせた。
いつかこの仮面の下の顔を……と、姫の使いのたびに考えたものだ。
「先生」
今日、ここを訪れる客は私が最後だと確認している。つまり、医者を訪れる者はもう誰もいない。
「私……」
私は医者へと身を乗り出す。ぎょっとしたようにこちらを向く医者の目の前で、今受け取ったばかりの瓶の蓋を開けた。
きっと、この仮面の下ではぽかんと呆気に取られた顔をしているのだろう。
私はくすりと笑って、瓶になみなみと入った薬を半分あおる。
「お、お嬢さん? いったい何を」
医者が焦ったように身を寄せる私を押し戻そうとする。慌てたようにぐいぐいと私を押すその力は、だが、案外弱かった。
「私、先生が」
「待て、早まるな、私は」
必死に抵抗する医者は、観念したかのように、とうとう自分の仮面を毟り取った。
少しほつれた髪が、はらりと医者の顔にかかる。
「私は、私は女で、だからお嬢さんの望みには……」
「まあ!」
きっと、性別を明かせば私が諦めると考えたのだろう。
けれど、医者の意図に反して、私の顔には喜色が浮かんでいた。
たしかに私はずっと医者を男だと思っていた。ずっと、だから、あれこれと考え抜いて、そう決めて、準備をして……だけど彼が実は彼女だったというなら、何も悩むことなど無かったのかと、私は喜びに震える。
「良かった、先生、私、実は……」
ぐいと押し付けた腰にある熱に気付いて、医者の顔から血の気が下がる。そこに浮かんでいるのは、たぶん絶望の色だった。
そう、先生が男なら女として可愛かってもらおうと思ったけれど、先生が女なら何の問題もいらないのだ。
私はむしゃぶりつくように、先生の唇へと吸い付いた。
何を勘違いしてるのかな、と考えたらなぜかこうなりました。
残っていたもう半分のお薬は、先生に美味しく飲ませました。
先生はこの後侍女さんがおいしくいただきました。
このままふたりで幸せになればいい。