第九話
時系列のネジが少し巻き戻されます。
エイラは生まれながらの魔女だった。母親も当然魔女だ。祖母も魔女だ。
既に生を受けてから千年生きてきた。母親も祖母もまだ生きている。母親が五百歳の時にエイラを生んだ、と聞かされた。祖母が母親を生んだのもそのあたりの年齢らしい。
「私は情けないことに、千年生きても娘を授かっていないんだ」
エイラは独りだった。使い魔のクロは自我を作ったはずなのに、命令しないとピクリとも動かなかった。何回作り直しても、結果は同じだった。
「私は娘も作れなければ、使い魔もまともに作れないのか」
酒に溺れた時もあったが数十年で飽きた。街に出て恋人でも作ろうかと思った事もあったが、寿命の差を考えると、足が向く事は無かった。
薬は嫌いだった。
「私は何のために生きているのだろう」
赤い塔の中で悩む毎日だった。独り悶々とベッドの上でいじけていた。
心配した母親が訊ねてくるが、その時は大丈夫を装った。祖母も来たが、同じように応対した。
「もう良い、死んでやる」
いっそ湖畔の湖に身を投げようかとも思ったが、寒くてやめた。
火山で身を焼こうとも思ったけど、麓についた段階で暑くて死ぬ気も無くなった。
何をするにも意気地がなかった。
「ここはどこなのじゃ!」
つい先日の事、今まで人形でしかなかったクロが、突然しゃべりだした。しゃべりだしたかと思えば、自分の身体を確認して泣き出した。
「妾は猫になっているのじゃ! 叶ったのじゃ! 月の神様が、妾の願いを叶えてくれたのじゃ!」
こう叫んではゴロゴロと転がりまくり、涙と喜びの声をまき散らしていた。
唖然としていたエイラにクロは駆け寄て来た。
「どなたか知らぬのじゃが、お願いじゃ。城に住んでいる白い猫を、探して来て欲しいのじゃ!」
クロがエイラに縋りついては懇願してきた。だがエイラは疑問に思った。
今まで自ら動く事がなかった使い魔のクロが動き出したのは、嬉しい事だ。でも、しゃべっているクロは自分の事を知らない様だ、と。
クロは懇願をやめなかった。エイラの足に抱き着いては涙ながらに言い続けた。
「シロという名前なのじゃ。お願いなのじゃ、妾はどうしても会いたいのじゃ!」
エイラが落ち着いて話を聞いていると、クロがまるで人間のような感情を表していることに気が付いた。それも彼女が無くしてからかなりの時間が経ってしまっていた、とある感情だった。
「落ち着いて欲しい」
魔女が黒猫に話しかけた。
「妾は第三王女のチェルナと申す者じゃ」
クロはこう話すのだがエイラはハテと考える。この国には第三王女などいない。聞いた事もないし、記録にも資料にもそのような名前はなかった。
「そのような王女がいるとは聞いた事がない」
エイラはこう切り出した。するとクロは目を大きく開いて驚いていた。そして俯いた。
元気に揺れていた尻尾は、ぺたりと床に這いつくばってしまった。艶のある黒い毛は輝きを失った。
「妾は疎まれておったのじゃ。母様も父様も妾と話しをしてはくれなかったのじゃ……」
クロは糸が切れたように元気がなくなってしまった。しょんぼりと項垂れるクロを見て、エイラは胸がキリキリと痛んだ。
「城の中からは、出して貰えなかったのじゃ」
クロは項垂れたまま、絞るように話を続けた。しまったと思いつつ、エイラは唇を噛んで聞いていた。
「その中で唯一シロだけが、妾と相手をして遊んでくれたのじゃ」
ポタンと床に雫が落ちた。床の小さな滲みが広がっていった。
「満月の夜、月の神様にお願い事をしたのじゃ。シロとずっと一緒に居られますようにと、お願いをしたのじゃ」
クロが首を上げてエイラを見てきた。その茶色い瞳は、以前のクロのものではなく、何か違うものをエイラは感じた。
「こうして妾は生き返ったのじゃ。どなたか知らぬがお願いなのじゃ。城にいる白い猫を、探して来て欲しいのじゃ」
黒猫は床に頭を付けて魔女にお願いをした。