第七話
空の旅を楽しんでから既に数時間たった。幾つかの街を通り過ぎ、大きな森を越えて湖の畔に着地した。透明な水を湛えた綺麗な湖だった。
「やぁっと着いた。城は遠いねえ」
エイラはヤレヤレと言う感じで肩を叩いている。若く見えても、実はすごい年寄りなのかもしれない、と四朗は思った。
「ん? 君、何か言った?」
エイラが半目で四朗を睨んだ。四朗は頭をフルフルと左右に振る。魔女は地獄耳なんだ、と四朗は感じたが、思うのは止めた。また睨まれそうだ。
「そうそう、素直が一番」
魔女は白い歯を光らせた。
湖の畔には塔が建っていた。円柱形の赤い塔が、折角の景観をぶち壊すように聳え立っていた。
「これが私の家さ」
竹箒を手に持ったエイラが自慢気に言った。
所々に窓があるが、数は少ない。縦に窓が五個並んでいるから五階建てだとは推測されるけど、箒を飛ばすくらいだから外観など当てにはならないだろう。
扉は一つだけ。それが入り口のようだ。
「まぁ、中に入ろう」
魔女はトコトコと歩き出した。
扉を開ければ、中は相当に広かった。外から見た印象と全然違うものだ。
「驚いたろう。これも魔法さ」
エイラは腰に手を当て鼻息を荒くした。
部屋は一つだけど、その部屋が大きかった。体育館かと思うくらいだ。天井全体が光っていて中は明るかった。
「ニャ、ニャ(なんだ、これ)」
四朗が茫然と見ていると、エイラが声をかけてきた。
「おっと、先ずは上に行こう」
エイラが歩いていく先に、階段が見えた。がらんどうの空間が恐ろしく感じられたからか、四朗はエイラの後についていった。
階段は塔の外周を回る螺旋階段だった。壁には多くの窓があり日の光で階段は明るかった。
「ニャニャ(外から見たときはこんなに窓はなかったぞ)」
「えっへん、これも魔法さ」
四朗の呟きにもエイラは即座に答える。驚いた四朗が見上げれば又も下着が目にはいるが、色は黒になっていた。四朗が見間違いかと前足で目をこすれば魔女はニヤニヤする。
「まったく、君には隙も見せられないな」
四朗はもはや抗議もせずに、尻尾と下顎をだらんと落とすだけだった。
「さてついた」
一番上の階まで上がってきて、突き当たりの扉の前に来た。エイラは腰をトントンと叩いて、ため息を一つついた。四朗は、やっぱり年なのか?と思わずにはいられなかったが、エイラの射殺すような視線に思考を停止させた。命は大事だ。
「帰ったよ」
扉を開けると同時に視界に入ってきた物に、四朗は目を奪われた。すらっと伸びた足に艶やかな光沢の黒い毛並み。ピンと立ち上がったしなやかな尻尾。どれも芸術的な美しさを持った黒猫が、そこにいた。
四朗は思わず自分の身体を見た。城にいた頃は毎日風呂に入れられていたから毛並みも艶々だったが、外で生活を始めて体は砂だらけだ。それが今の四朗だ。でもふさふさの毛は変わらない。ふさふさの白い猫だ。
「おかえりなのじゃ!」
黒猫がヒタヒタ近付いてきた。歩く姿も品がある、と四朗は感じた。
「クロ、君のお望みを連れてきたよ。城にいた、綺麗な白い猫のシロ君だ」
エイラの声にクロと呼ばれた黒猫が四朗を見てきた。クロの茶色い瞳が四朗を射抜くと、その黒猫はワナワナと震えだした。
「シロ! シロなのじゃ!」
黒猫は叫びながら飛びかかってきた。
「ニャ?(のじゃ?)」
聞き覚えのある口癖に思考が停止している間に、クロが四朗を押し倒した。黒猫は頭をぐりぐりと四朗の顎に押し当てる。
「シロなのじゃ~!」
四朗はぐりぐりと頭を押しつけてくるクロの頭を、かしっと前足で挟み込む。
「な、何をするのじゃ!」
四朗はクロの頭を引き剥がして顔をじっと覗き込む。クロの茶色の瞳が潤んでいるのが分かる。見覚えのある、茶色い瞳だった。
「……ニャニャ?(……チェルナ?)」
四朗の言葉にクロの顔が崩れてくる。髭がプランと下がって鼻がヒクヒクし始めた。
「そうなのじゃ! 妾は猫になれたのじゃ! シロと一緒の、猫なのじゃ~~~!」
クロは叫びながら四朗に抱きついた。勢い余って白と黒の猫がゴロゴロと転げ回る。クロは四朗の顔にすりすりと頬を擦り付け、ひたすら「シロなのじゃ!」と名前を呼んでいた。
四朗は、月の神様が願いを叶えてくれたのだと思った。チェルナが何を願ったのかは分からないが、少なくとも彼女が願った事は、叶ったようだ。
「ニャ!(チェルナ!)」
四朗もひしとクロを抱きしめていた。白と黒のモフモフが混ざりあいながらゴロゴロと転がっていた。
「あー、君たち。数百年彼氏がいない私の前で、よくもイチャイチャ出来るね」
魔女の不機嫌な声が部屋に響いた。