第四話
数日後異変が起きた。チェルナが倒れたのだ。元々遺伝子の異変が原因であろう体の弱さがあったが、ここにきて何か違う異変が起きたのかもしれない。
ベッドに寝かされている彼女の顔色は、悪かった。青いを通り越して白かった。チェルナは四朗を求めたが、彼女の様態を見ている医者は許さなかった。四朗は部屋から追い出された。
「ニャー(何処か見えることろはないか?)」
四朗が見つけたのは中庭にある大きな木だった。ここに登ればチェルナの部屋の窓から覗くことが出来た。
そこから見たチェルナの容態は、かなり深刻なものだとすぐにわかるモノだった。もう医者の姿はなく、お付きの侍女が暗い顔で看病しているだけだった。
月に願い事なんて、都市伝説もいいところだよな。四朗は思った。現にチェルナの命はそろそろ終わりを告げている。四朗には見ている事しか出来なかった。
窓から見ていると、お付きの侍女がその窓を開け放した。四朗の姿を見ると手招きをした。
「ニャ!(やばいのか!)」
四朗は枝から枝へ走り、勢いをつけて窓に向かって飛んだ。人間の身体なら届かないだろうが、勢いをつけた今の四朗なら可能だった。
「ニャ!(よっしゃ!)」
窓の枠に音もなく着地する。猫ならではの芸当だ。
ベッドの上のチェルナは息も荒く、直ぐにでも死神が迎えに来そうな様子だった。ひたひたと近づけば、チェルナは薄っすらと目を開けた。
「あ……シロ」
声もかすれて、今までのような元気は見られない。「のじゃ」もない。顔色はシロのように真っ白だった。
チェルナは自分の死期を理解しているかのように微笑んだ。四朗も経験した、人生を悟ったような境地なんだろう。
「妾は、死ぬ、のじゃ」
四朗は茶色の瞳を見つめて考えた。自分より後に寂しい思いをして死ぬのがいいのか、看取られながら死ぬのがいいのか。だが四朗に答えは出せなかった。
「……願い事は、叶わなかった、のじゃ」
悲しい目をしたチェルナが囁く程の大きさで呟いた。
「シロと、一緒に、居たかった、のじゃ」
チェルナの目から一筋の涙がこぼれると、彼女は四朗の目の前で息を引き取った。
四朗は前足でチェルナの頬をぷにぷにした。でも彼女は起きない。もう一度ぷにぷにするけど、彼女はピクリともしない。後ろではお付きの侍女のすすり泣く声が聞こえる。四朗はただ項垂れるしかなかった。
チェルナの葬儀は簡素だった。参列者も身内だけ。棺と言うには小さい箱で、花に囲まれて、静かにチェルナは眠っていた。
四朗はただ、お尻を付けて座り、見ていた。お付きの若い侍女がカリカリをくれたが食べる気にはならなかった。
埋葬は城の敷地内など王族が入る墓だった。チェルナは一応王族として見て貰えたらしい。土をかぶされていくチェルナの棺を見て四朗は考える。彼女は幸せだったのか。
チェルナの願いは叶わなかったから、当然四朗の願いも叶っていないのだろう。
「ニャー(その内俺も行くから待ってろ)」
すっかり土の中に埋められたチェルナに一声かけて、四朗はそこを離れた。飼い主が亡くなった以上、此処には用はない。城からしても用のない猫だろう。
「ニャ(行くか)」
追い出される前に消えるつもりだった。四朗はひたひたと城の入り口に向かって歩いて行った。
尻尾を立てて廊下をしずしずと歩く。王女が死んだと言うのに、城は何事もなかったかのように動き続けていた。四朗を気にする者もいない。
「ニャー(俺よりも先に逝って良かったのかもな)」
歩き続けてた四朗は、城門をくぐった。振り向く事無く、歩いた。