第三話
ただ嫌な事もある。チェルナは四朗を動くぬいぐるみと思っているのか、一緒に風呂に入りたがるのだ。猫は水が嫌いである。当然猫の体になった四朗も好きではない。だがチェルナはそんな事はお構いなしに四朗を湯船に放り投げるのだ。
「ニ"ャー(ざっけんなー!)」
チェルナに投げられ、湯船に向かって放物線を描いて白い猫が宙を舞う。だがそこは猫、くるりと回転して見事に着水する。が、そのまま沈んでいく。だって猫だもの。
「ニャニャニャ!(助けろって!)」
犬かきならぬ猫かきで必死に浴槽を泳ぐ。王族の、しかもチェルナ専用の風呂ではあるが、猫の四朗にとっては十分大きいのだ。
「あはは、器用じゃな!」
チェルナがドボンと飛び込んでくればその波に攫われる。当然お付きの若い侍女も一緒に入って来るのだが、四朗の美的感覚は猫の物になっているので、残念なことに彼は何も感じないのだ。せいぜい「デカイ乳だな」程度にしか認識しない。だって猫だもの。
ある程度遊べばチェルナにがしっと捕獲されて洗い場に連行されていく。四朗にとっては拷問だが、王族が飼っている猫だ、清潔を保たねばならない。チェルナとお付きの侍女の二人がかりで泡だらけにされる。彼はひたすら耐えるのみである。
「ニャーニャー(人間だったら極楽なんだろうがなぁ)」
ロリコンなら夢の様なシチュエイションだろうが四朗はノーマルであり、かつ猫である。侍女の裸を見たところで何も思う所はない。
「ニャニャー(せめて尻尾でもあれば)」
四朗はもうすっかり猫なのだ。
「シロ、今日は月が綺麗なのじゃ!」
珍しく夜更かしをしているチェルナが四朗を起こしに来た。丸まって白いクッションと化している四朗を両手で抱えるように窓際まで運んでいく。
「ニャー(なんだよ)」
「ほら、綺麗なのじゃ! 今宵は満月なのじゃ!」
四朗の視界には見事な満月が二つ見えている。どうやらここは地球ではない何処からしく月が二つある。四朗が最初に気が付いた時はびっくりしておしっこを漏らしそうになってしまった。
窓からは黄色い二つの満月が、チェルナと四朗を優しく照らしていた。
「満月の夜に願い事をすると、月の神様が叶えてくれるのじゃ!」
チェルナがニッと笑って楽しそうに四朗に話しかけている。そんな都市伝説の様な事を真面目に信じている笑顔だった。
「ニャ(願い事か)」
四朗は考えた。猫の寿命は人に比べれば遥かに短い。いずれ四朗が先に逝く。その時に残された彼女が心配だった。四朗は考える。
チェルナが幸せでありますように。
彼は器用にも前足の肉球を合わせて彼女の幸せを願った。真剣だった。
「シロは何を願ったのじゃ?」
ニンマリとしたチェルナが四朗の鼻先に顔を寄せてきた。四朗はペロっとチェルナの鼻の頭を舐めた。びっくりしているチェルナの顔にスリスリと頬を擦り付ける。
お前の幸せだ、とは言えない四朗のせめてもの答えだ。
「にしし、くすぐったいのじゃ」
チェルナはぎゅっと四朗を抱きしめていた。