器用な指先、不器用な口先
【第72回 二代目フリーワンライ企画】
《お題》
指/アレルギー反応/急ぎじゃないなら明日にして
謎としての忠告/しっちゃかめっちゃか
(あーあ、またかぁ……)
円華は、左手で携帯端末をつまむように持ったまま、右手の人差し指でくるくると自分の髪を巻く仕草を繰り返す。
もっとも、サラサラのボブは、巻いた端からするりと解けて元に戻ってしまうのだけれど。
『なー、円華チャンってば、聞いてる!?』
「おー。聞いてる聞いてる」
通話口からは、良く知った声が延々と切ない恋心を訴えてくる。いつものことなので、円華は話半分にも聞かず、適当な相槌を打って流してしまうのだ。
(これが、私のことだったらなあ)
はあと溢れた吐息を拾い、通話の相手ががなり立てる。
『あっ、今溜め息ついた! ひでーよ、円華チャン! それがツレの相談に対する態度? もっと親身になって考えてくれてもいいっしょ!』
「残念ながらツレじゃーありませーん」
へっ、とわざとらしく悪態をついてみせると、相手はよよよと泣くふりをする。
(そんな遣り取りも、嬉しくないわけじゃないけどね)
「急ぎじゃないなら明日にしてくれる? これから出掛けるんだ」
こみ上げてくるものを堰き止めるように、円華は強い口調で告げた。
『マジで? めんどくせーから逃げよって言い訳じゃね?』
「ちげーよ。約束あんの、イイオトコと」
『俺よりイイオトコなんていないっしょ』
「ぶぁーか」
アレルギー反応のように、反射よりも自然に出てくる憎まれ口。それは、色んな気持ちを誤魔化すものなのだけれど、自分たちの関係はいつまでもこのままじゃないといけないと、自分に言い聞かせるためでもある。
じゃ、と通話を終了させて、短縮ダイヤルで別の相手にコールする。
くるくる、くるくる。右手の指は、落ち着かない。
(いないなら、飲みにでも行くっきゃねぇなあ)
溢れるものを飲み込みきれなくて、何処かに垂れ流したくなる、こんな夜は。
コールは五回を越えた。
(もう、しっちゃかめっちゃか)
「だめ、か――」
十回目で、受話器を取る音がした。
原付きバイクを飛ばして訪れた先では、急な訪問にも動じることなく迎えてくれる人がいる。
第二ボタンまで外したシャツとスラックスの上にエプロンを付けたまま円華を歓待してくれるのは、誰が見ても極上の男。
「いらっしゃい」
そのバリトンが円華のささくれた心を静めてくれるのも、いつものこと。
「聞いてくれる!? またあいつがさぁ」
彼が用意してくれたり軽食とアルコールで腹を満たしながら、円華は偽りない気持ちを垂れ流しては彼に甘えてみせる。
こういうとき、彼はいつも隣に腰掛ける。二人の視線は、テーブルの上に。
「ホントにそいつはバカだよね。こんなにいい女がそばにいるのに」
歯の浮くような台詞も似合うし、それが本心からのものだというのも伝わってくる。そして、この男が円華に恋愛感情を抱きはしないと知っているからこそ、素直に自分をさらけ出すことができる。
「――なんで、好きな相手には、好きになってもらえないんだろ」
円華の問いは、答えをもたない。
ただ、男は静かに円華の澱を受け止めてくれている。流麗に調理をこなす長い指が、円華の頬を掠めて髪を耳に掛けるように梳きながら時折頭を撫でていく。
「――本当にね」
だいぶ時を置いて囁くように漏れた男の声が切なくて。
円華は、ゆっくりと彼の肩に頭をもたせかけた。
了
四つ消化