竜に国を滅ぼされたので。
「このままとんずらかまします」
「おいちょっと待て」
今や半分以上焼け野原となり、国民も三分の一まで減ってしまった、小さな国の片隅で。
育ての親の隠し財産を懐に納めてから、俺が言った言葉に、親友がご丁寧に腕ふりつきのつっこみを入れてきた。
でも生憎俺は本気ですよ、親友。ボケてませんよ。
「止めたって聞きません。もう決めました。俺はこのまま、この金を持ってとんずらします」
「ロズワルド? 僕はその金を国の復興資金にすると思ったから、君の代わりに金庫を壊してあげたんだけど?」
「半分はそのまま金庫の中に残しました。あとは見つけた誰かがそういう風に使ってくれることを祈りましょう。では、俺はバレる前にとんずらを」
「いやいやだからちょっと待て。何故逃げると言うことになる? まさかこのままこの国を見捨てるつもりか?」
「ずばりその通りです」
「君は仮にも国王だろうが!! 王が国を見捨てるというのか!?」
まあそうなんですけどね。
俺は確かに、いまや壊滅状態となったこの小さな国の最高責任者。国王という立場になりますね、一応は。
まさに昨日王冠をかぶらされたばかりなんですけれどね。
辺境に位置し、豊富な魔石山脈を備え、それを輸出して近辺国と仲良くして、慎ましく生きてきた小さな王国。
平和な国だったのだが、一年半前のことだ。
とても評判のよい、民たちから深く敬愛されていた当代の国王が、馬車の事故にあい、なんとも呆気なく崩御されてしまったのだ。まだ二十三歳の若さだった。
国は突然統治者を失ったわけですが、幸いなことに、未亡人となった王妃様がご懐妊されていた。なので王妃様が女王として収まって、お腹の子を世継ぎとして育てることとなった。
しかし、産み月をむかえた王妃様は、大変な難産に苦しまれ、立派な男児を産み落とすのと引き替えに、夫の後を追って逝ってしまったのである。
残された、生まれたばかりの小さな王太子様。国は彼が成人するまでの間、代わりに王座を守る誰かを起てなくてはならなくなった。
長く王家に仕えてきた重臣たちの誰がやるか、延々と話し合っていた時のこと。
最年長の宰相様が思い出したのだ。
教会に捨て置かれた、先代国王のご落胤の存在を。
重臣たちは彼に十五年だけの代理王をさせることに決めたのでした。
はい。おわかりですよね。
そのご落胤が、俺ロズワルドなのです。
俺は司祭様の後を継ごうと勉強していた。
そこにいきなり宰相様が現れて、あなたが次の王です、とか言われて。
思わず口を開けてぽかーんとしてしまいましたよ。
いや、知識としては知ってましたよ? 俺がすでに亡き先代国王の庶子だって。一応王位継承権も持ってるって。先日お亡くなりになった国王様が異母兄だってことも。
でもこの十九年間、全然王家と関わることがなかったから、実感なんてなく、正直忘れていたのだ。
俺の母親は子爵家の娘で、城のメイドだったらしい。たまたま先代国王の目に留まり、愛妾として迎えられた。まあ半年くらいで飽きられたらしいですけど。
寵がなくなったことで早々に後宮から追い出され、実家に戻ってまもなく、ご懐妊が発覚。国王に知らせたところ、城下町の教会で母子とも育てよ、というお達しが出され。
その後生まれた子が男の子だと伝えると、王家の証の指輪と名はロズワルドだ、という紙切れ一枚よこして、あとはそれっきりだったそうな。
はい、完全に捨てられてますね。絶望したらしい母親は姿を消し、消息不明に。子供はそのまま教会で、司祭様たちに慎ましく育てられた。
一応王位継承権持ち──王家の指輪を持たされたのはそういうことらしい──だけれど、俺ロズワルドは、世間にも知られず、王家からも忘れ去られた存在だったのです。
それこそ俺自身だけでなく、司祭様もシスターたちも忘れていたくらいに。皆そろってあんぐりまぬけ顔さらしてしまいましたよ。
そのまま連れて行かれた城で、宰相様はおっしゃいました。
───教会で生きてきたあなたに、王としての器など、政治能力など求めませぬ。それは我々がなんとかいたします。あなたはただ、王太子殿下が成人なさるまでの十五年だけ、玉座を守るだけでよいのです。
───あなたは聡明な方だと伺っております。よもや、自分こそが王などと愚かなことはおっしゃらないでしょう?
なんともまあ、人をバカにした物言いであった。
と言うか、政治関連はあんたがたでなんとなさるなら、わざわざ俺が王座に座らんでもよくないですか。あんたらの誰かがやりゃいいんじゃないですか。
そう素直にいったら、家臣に過ぎない自分たちよりも、庶出といえどちゃんとした王族である俺が一番なのだと言われた。
要するに、俺がただ王座に座らせておくだけに丁度いいと、表におくだけの傀儡にするには適任の存在だと言うことだ。
家臣の誰かがやったら、その家臣こそ王に相応しいと言う勢力が出てきて、後々内紛が起こる可能性もある。
だが俺は、王家にも貴族にも一切縁のない、庶子で教会育ちの、忘れられていた王子様。たとえ王にこだわっても誰も味方しないだろうし、容易に丸め込めるということである。
やっぱり人をバカにしてますね。
ものすごく腹が立ちましたが、俺に拒否権など与えられることはなく。俺は十五年だけの仮初めの王になることになったのでした。
突貫の王族教育や作法を詰め込まれること半年。行われた即位式。
育ての父ともいえる司祭様から王冠をかぶせられ、俺自身なんともいえない気分を味わっていた時。
突然発表されたご落胤の俺に対して、不信感丸出しの貴族と民たちからの、あまり歓迎しているとはいえない拍手に包まれていたあの時。
どこからともなく、あの竜は現れた。
全身を白銀に輝かせた、間違いなく神級になる、とてつもなく大きな竜が。
即位式は、城の大庭園で、貴族と国民を集めて行われていた。
いきなり飛来した竜に皆あっけにとられたそのすぐ後。竜はブレスで庭師が丹誠込めて育てた薔薇園をそこにいた民ごと焼き払った。
もう大パニックになりました。
竜は我が物顔で大暴れ。人々をブレスで焼いて牙で喰らい、しっぽで叩きつけてグチャグチャにし、城壁も体当たりでたたき壊した。
人々は逃げようと無我夢中になり、無慈悲に他人を押し退け、突き飛ばして、もみくちゃになって踏み倒された。竜による攻撃だけでなく、あのパニックがパニックを呼んだ現象が、さらに被害を広めたのは間違いないだろう。
近衛騎士がもう少ししっかりしてれば、もう少し人的被害は抑えられた可能性はありますが。なにぶん長いこと平和な国で、すっかりなまってましたからねぇ。たいして役に立ちませんでした。
というか、仮にも国王の俺を守ろうともせずに逃げ出すってどういうことですか。それで死ぬなんてそれなんてエセ騎士?
………まあ何人かの城の中に駆け込んでいった騎士は、小さな王太子様の元に行ってたみたいですから、きっと彼らは本物だったんでしょうね。正しい王を守りに行ったってことで。
彼らにとっては王ではなかったであろう俺を守ってくれたのは、身内の二人だけだった。
竜は国中を暴れ回り、半分以上が壊滅したところで、隣国の宮廷騎士団が駆けつけて、竜を追い払ってくれて、なんとか災害は終結したのでした。
隣国は我が国より少し領土が広いくらいな小国ですが、過去幾度にわたり、他国との戦争に勝利してきた戦上手な国家なので、すばらしい戦力でした。もうほんと、うちの近衛騎士団は剣持ってるだけのエセ騎士ですね。
彼らは今も国に残り、けが人の手当や瓦礫の撤去などしてくださっていて、さらに上層部から医師も食料と共に寄越してくれたりと、色々援助をしてくださっています。いやぁ持つべきはよい隣人です。彼らの剣や鎧が我が国の上質魔石からできてるのが大きい理由なのでしょうが。
で、半壊して、もうほぼ無くなったに等しいこの国の、最後の王となった俺は。
このまま、国も民も捨てて逃げることに決めたのでした。
そして話は冒頭に戻るのです。
王なのに国を見捨てるのか、という親友の言葉に俺はうなずいた。
「正直、王もなにもあったもんじゃないでしょう。もうこの国は壊滅したのと変わりません。国土も人工も半分以上が消し炭なんですから」
「でも、生き残った人たちがいる。なら」
「王太子様も宰相様も亡くなって、他の家臣たちも全滅してしまいましたよ。熟練の彼らがなんとかしてくれるからこそ、神官の俺が王の立場になったのはあなたも知ってるでしょう?」
「隣国が援助してくれる。君のために慣れた人材だってよこしてくれるはずだ」
「それで、いつのまにか領土に組み込まれて乗っ取られてるんでしょうねぇ。彼らからすれば豊富な上質魔石が簡単に手にはいるようになるわけですから、狙わないわけがないですし。
それで国が無くなるのなら結局滅亡と変わりませんよ。───なにより」
「………なにより?」
「俺が嫌なんです」
キッパリ言い切った俺に、親友は息を飲んだ。
「ねえユフィリス。俺は聖職者ではありますが、やっぱり人間なのですよ。自分を嫌っている人たちに優しくするのは、限界があるんです」
「……それは……」
親友──ユフィリスが、気まずそうに顔をそらした。馬のしっぽのようにまとめた長い黒髪が揺れる。
俺とは苦楽を共にしてきた幼なじみでもある。
竜が襲来したあの場で、俺を守ってくれた一人だ。
「ユフィリスも聞いたでしょう。生き残った国民たちが、あの竜が現れたのが俺のせいだって言っているのを」
「………」
「呪われてるだの、実は俺が国王を暗殺した天罰だの、好き勝手言って悲しみや怒りや恨みを俺にぶつけてるんですよ」
「………」
「正直、───やってらんねぇよクソが」
司祭様が聞いたら怒るであろう品のない口調で吐き捨てると、ユフィリスはため息をついた。
元々なりたくもなかった、無理矢理押しつけられただけの一時の王だ。
しかも王冠かぶせられた数分後に竜襲来で、国がこの状態だ。自覚もなにもあったもんじゃない。
それで民たちからもこの言われよう。国が壊滅したのは俺のせいだって八つ当たりされて。
いくら神官でもこりゃあ腹も立つわけで。
やってられっかこのヤロウ。王としての責任? んなもん知らんわ。
それに。
「俺が大切だったものは、もうこの国にはない。それで、嫌われてる中でやっていこうだなんて、どうしても思えない」
俺が生まれ育った教会も、そこに住んでた人たちも、あの竜によって全部、なくなってしまった。
母や姉のようだったシスターたちも。よく手作りのお菓子をくれた近所のおばさんも。俺の線の細さをからかいながら、いつも一本おまけしてくれた串焼き屋のおじさんも。俺が読み書きや計算を教えていた子供たちも。みんないなくなった。
あの場で俺を守ってくれた、もう一人───育ての父であった司祭様も。俺を竜の攻撃からかばって死んだ。
俺の大切だったものは、守っていきたかったものは、もう無いのだ。
大切なものをすべて失ったこの場所で。俺を好いていない人々を率いて、この半分以上焼け野原な国を王として立て直すとか。
───いやもうホント、やってられるか。
責任なんて知らん!(二回目)
「だから俺はこのまま逃げる。もう決めた」
幸いなのか不幸なのか。生き残った民たちも隣国も、俺が生きてることに気づいていない。何故かというと、俺の顔が知れ渡っていないからだ。
俺が民たちの前に現れたのはまさに昨日、あの即位式の場である。それであの大パニック。宰相様も重臣たちも亡くなったし、生き残った民で俺の顔をしっかり覚えてる人はいなかったのだ。
だから、誰も俺の生存を現在進行形で気づいていない。俺の金髪に緑の瞳なんてありふれた色だし。まさに何かにお膳立てされてるかのような、とんずらに絶好の機会なのである。
唯一問題があるとするなら、目の前のこの親友くらいだ。
「で、ユフィリス。お前はどうするんだ?」
あえて具体的な言葉は言わないまま問いかける。今、親友の選択肢は二つ有る。
一つ、俺についてくるか。二つ、俺を力付くでも引き留めて王の義務をさせるかだ。
俺の問いかけに、ユフィリスは眉間に眉を寄せたまま、しぶしぶという顔で言った。
「………君と一緒に行くよ」
「そうか。ありがとう」
まあ八割方ついてきてくれると思ってたけどな!
「けど、逃げて具体的にどうするんだ? 司祭様のお金でしばらくなんとかなるにしても、何かするとかどこに行くとか、決めてるのか?」
「まずは傭兵になるつもり」
傭兵。騎士とは違う、雇われものの渡りの戦士。死ぬ可能性はものすごく高いし、使い捨ての仕事や綺麗じゃない仕事に使われたりする。汚い罠や外道な手段も当たり前な彼らを、国の騎士や民は、野蛮なならず者と嫌うものも多い。
実際、傭兵になるのは元犯罪者や世捨て人、訳ありばかり。傭兵になれる条件はすべて実力であって身分なんていっさい関係ないし、運営ギルドも気にしないのだ。
俺も完全に訳あり人種なので、最適な職業と言える。もっとも理由はそれだけではない。
「傭兵になって、プラチナランクを目指す」
「……あ」
プラチナランクの傭兵、と聞いて、ユフィリスが気づいた。
プラチナランクは、傭兵のランクでも最上位から二番目のランク。神竜クラスを討伐できると言われている実力を持つという証。
「───あれを狩るつもりなのか、ロズワルド」
そう。俺がこの国から出て行こうとしている本当の理由は、実はすごく単純なことだったりする。
王という責務なんてやってらんねぇ、というのも本音だけど。
「俺の手で、あのクソ神竜ぶちのめす」
俺の大切なものをすべて壊したあの白銀神竜を、俺が討ちとりたい。それだけなのだ。
「というわけで、さっさとこの国出て、隣国ぬけて、さらに北に行こう。隣国の傭兵ギルドじゃ、俺のことがバレる可能性があるし。あの竜が逃げてったのは北だったしな」
行き先は北の中立共和国。遠いけど、司祭様の隠し財産半分のお金で、さほど苦労せずに行ける。ありがとうございます司祭様。
ちなみにこの隠し財産は、ちゃんとまっとうに稼いだお金を地道に貯金していたもので、教会が困ったときには使えと言われていたものである。竜が去り、落ち着いて被害状況を確認した後、こっそり教会の地下に隠されていた金庫を引っ張り出してきて、手っ取り早く物理的に壊して開けた。(ユフィリスが)
もう教会も壊れて、司祭様も他のシスターや神官もいない。生き残ったのは俺だけ。なら、俺の好きに使ってもきっと司祭様はお許しくださるはずだ。
それに半分は残して行くし。見つける奴がまともな奴なのを祈ろう。
「さあ、とっとととんずらするぞ」
「せめて竜を討伐に行くと言いなよ。外聞が悪いから」
そうして、竜によって滅ぼされた小国の最後の王、俺ロズワルドは、国民も隣国の騎士たちにも生存すら気づかれることなく、逃亡を果たしたのだった。
その一ヶ月後。かの小国の王は遺体が見つからなかったけれど、おそらく死亡したのだろう、と隣国が発表したと、北の国の商人から聞いた。
統治者が誰もいなくなったあの小国は、そのまま隣国の領土に組み込まれることになり、生き残った国民たちも隣国に受け入れられたという。
それを聞いて内心ホッとした。隣国の王は、立派な方だ。長年の友好国の民を悪いように扱ったりしないだろう。
国民たちも、隣国の人間として新たな人生を歩むことを受け入れ、前向きに生きてくれるんじゃないかと思う。
自分たちの王は、もう誰もいないのだから。
………そういう意味では、俺は生存すら発覚せずに逃げ出したことは、民たちにとってよかったのかもな。結果論だけど。
さて、一応気がかりだった国のことは安心出来たことだし、俺も遠慮なく、傭兵としての新しい人生を生きることにしよう。
それじゃあまずは、新米傭兵の最初のランクアップ試練。下級魔物百体討伐してきますか。
「いこうか、ユフィリス」
「ああ」
俺たちがプラチナランクに昇格し、あの白銀神竜を討伐してドラゴンスレイヤーの称号を手に入れるのは、これから十二年後のこと。
コンセプト『こんな決断をする王がいてもいいと思う』
なお続きは考えていません。
閲覧ありがとうございました。




