その910 ガイアスと敏腕店長たち
――ドワーフ国家ガンドフ。
法王国の東に位置し、リプトゥア国の南東に位置するこの国は、ドワーフを主とした国家である。
そのガンドフが擁する国宝級鍛冶師ガイアスは、不眠不休の作業に追われていた。
「はぁはぁはぁ……! おら、いっちょ上がりだ!」
積み上げられた武器の山の中には、剣、短剣、大剣、戦斧、槍など数えればキリがない。
「親父ぃ! ちょ、ちょっと休憩を――!」
「馬鹿野郎っ! 国の一大事だぞ!? 時間が許す限り動きやがれっ! たとえ数打ち物だろうが、ねぇよりマシだ!」
「そ、そりゃそうですが……」
「ミックから大量の鍛冶道具が届いた時ゃあんなに喜んでたじゃねぇか!」
「確かに作業効率がやべぇ事になりましたけど……」
「国が亡んじまったら全てなくなっちまうんだぞ! 明日死ぬかもしれねぇ武人たちに武器を届ける! それが俺たちの仕事だ! だから俺たちは今日死ぬ覚悟で槌を振るうんだ! わかったか、タコ助っ!!」
「は、はいぃい!!」
一心不乱に槌を振る。
勇者の剣を共に造った盟友ミケラルド。
その友から貰ったオリハルコンの槌、オリハルコンの金床、火の付与がされたオリハルコングローブ。
(ミック……流石の俺様もわかるぜぇ……世界がとんでもねぇ事になってるってな。隣の店の店主はそそくさと逃げやがったが、俺様がそんな事すりゃ、ガンドフ陸戦隊の連中や、騎士や冒険者はどうなっちまう? 周りどころか、自身を守れずに死ぬ未来が待ってる。北にある魔界からやべぇ魔力がガンドフに流れてきやがる。じわじわと身体を侵してくるのがわかる……!)
そう思いながら、ガイアスが一瞬身体を震わせる。
しかし、頭を振ってそれを追い出そうとする。
(槌でも振ってなけりゃ気が触れちまいそうだぜ……)
「……くっ! おう! ミスリルが足りねぇぞ! 補充はどうなってやがる!?」
「それが、今日の昼に納入業者が来るはずだったんですが……」
「クソ! 逃げやがったかっ!」
ガイアスが弟子たちにそう叫んだところで、場にそぐわぬ透明感のある通った声が作業場に響く。
「ごめんくださーい」
響いたところで、皆は作業に追われている。
仕方なしという様子でガイアスが立ち上がり、併設されている店舗へと足を向けた。
汗と炭に塗れた顔を拭いながら店舗に着くと、そこには二人の女が立っていた。
「誰だアンタら?」
「お忙しいところ恐縮です。鍛冶師のガイアス様とお見受けします。私はカミナ。こちらはエメラという者です」
そう言われた時、ガイアスはハッした表情を見せた。
「おぉ! アンタら確かアレだろっ? ミケラルド商店の看板娘の!」
そう言われると、カミナとエメラは顔を見合わせてくすりと笑う。
「まさか高名なガイアス様にまで私たちの名前が届いていたとは」
カミナが言うと、ガイアスは快活に笑う。
「ハハハハ! 聖騎士団に納品したボディーアーマー事件は有名だからな! そんで? そんなお二人さんがウチに何の用だい? ミックの使いかい?」
「いえ、既にミケラルド商店はミケラルド様の指揮下から離れ、独自に動いています」
「ほぉ、仲違いって訳じゃなさそうだが、ミックがあの商店を手放すとは思えねぇが?」
「勿論、戦時下という特殊な状況が故という理由から、ミケラルド様と相談し、決まった事です」
「なるほど、そんじゃあアンタらは俺様と縁も所縁もないって事だな?」
一瞬、ガイアスの目が鋭くなる。
そう、カミナとエメラは、ミケラルドの名がなくば、アポイントをとらずにガイアスの下まで押し掛けただけの迷惑な店長たちなのだ。
忙しいガイアスの時間を奪う事など、本来あってはならない。
ガイアスの気迫に一瞬呑まれそうだったカミナが一つ喉を鳴らす。
すると、前に出たのはもう一人の才女エメラだった。
「えぇ。ですので、ウェイド王に話を通させていただきました」
「あぁ?」
「魔王復活の布告の後、多くの人民が避難し、店舗が閉まる事で起こる弊害。ミケラルド商店はこれらをカバーするため、商人ギルドと連携し、円滑な物資供給を行っています。各国首脳陣の協力を得て、法規的な供給ラインの形成およびその改善を担い、ガイアス様の下までやって参りました」
「お、おぉ……」
そう淡々と述べるエメラに、今度はガイアスが喉を鳴らす。
「さしあたって、ミスリルの安定供給をするべく、弊店からこちらを」
言いながら、エメラは二枚のマジックスクロールを渡す。
「これは?」
「【テレフォン】と【ビジョン】のマジックスクロールです。在庫不足になった際はこれらを使い、私どもにご連絡ください。それと、在庫の運搬用にこちらの【テレポートポイント】を」
そう言って、エメラは少年型ミケラルドフィギュアをガイアスに手渡した。
「細かい仕事だな」
「ありがとうございます。弊店の職人も、ガイアス様と仕事が出来て喜んでおります。ですが――」
「ん?」
「その【テレポートポイント】は、万が一の避難先でもあるという事をお忘れなきようお願いします」
「…………ったく、何が指揮下から離れてるだよ? しっかり機能してるじゃねぇか」
ガイアスがニカリと笑う。
「ウチは最高級のミスリルしか扱わねぇぞ?」
「SSSダンジョン産のミスリルを潤沢に用意しております」
「ハッハッハッハ! アンタら気に入ったぜ! 戦争が終わった時にゃ本契約させてもらうぜ!?」
「ありがとうございます。現在ミスリルは在庫はいかがですか?」
「ちょうど足りなかったところだ! 狭いところだが入んな!」
そう言って、ガイアスは二人を招き入れた。
戦時下という状況ながら、飛び込み営業を完璧に成功させたカミナとエメラは、ガイアスの背を見ながら、小さく親指を立てて笑うのだった。




