◆その907 緋色の焔
「ほぉ……これは凄いな」
剣神イヅナ、剣鬼オベイルの前で【魔導アーマーミナジリ】――通称【魔導ギア】を着こみ、試運転をするのは、かつて、法王クルス、白き魔女リルハと共にSSSパーティ【キングクリムゾン】を牽引した冒険者ギルドの総括ギルドマスターの【神風アーダイン】だった。
「肩口から肘、手首に至るまで補助機能が付いてるのか。確かにこれなら我々でもZ区分の働きが可能だろうな」
アーダインがそう言うとイヅナが小さく頷いた。
そしてオベイルが思い出したように聞くのだ。
「それで、冒険者ギルドには何機の鎧が届いたんだ?」
「ミケラルド商店を通して八十機。都度生産しているようだが、エメラ殿から話を聞くにおそらく百機が限界だろうとの事だ」
「どう割り振る?」
「ランクの高い者から優先的に。当然、ここには各支部のギルドマスターも含まれる」
「おいおい、ギルドの仕事はどうするんだよ?」
「世界的な有事だ、引退した爺、婆共を引っ張って来てやらせてるよ。リルハのところも同じようだ」
アーダインがそこまで言うと、イヅナが首を傾げた。
「商人ギルドが? あそこは冒険者ギルド以上に最先端の情報を扱う。であれば引退した身にはちと厳しいのでは?」
「リルハは最先端の情報が集う場へ向かった」
「法王国以上に情報が集う場……っ! なるほど、リルハはミナジリ共和国に拠点を移したか」
「あぁ、ミケラルドから【商人ギルド――ミナジリ支部】の打診は受けていたんだが、どうやらごねていた幹部連中も命が大事らしくてな。一番生存率の高いミナジリへの移転が早々に決まったらしい。支部どころか、ミナジリが本部になっちまったよ」
「引退した連中には退避ルート――即ち転移魔法の優先使用を条件に出したのだろうな」
イヅナの指摘に、アーダインがニヤリと頷いて見せた。
「当然、冒険者ギルドも似たような交渉をしている。引退した冒険者にも声を掛けている」
「……いよいよ始まるのだな」
そう言いながら、イヅナはミケラルドの手によって造られた合算バグのオリハルコン武器【神剣イヅナ】を強く握りしめた。
それを見たオベイルも、【鬼剣オベイル】を手に、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。
しかし、そんな二人を見たアーダインは、呆れ交じりの溜め息を吐いたのだった。
「どう見ても……冒険者というより、ただ戦りたいだけのチャンバラ小僧の目だな」
「今が私の全盛期だからな」
イヅナが目をぎらつかせ、
「俺様と爺は、ミックに雇われた独立遊撃隊だからな」
オベイルがニカリと笑う。
「……まったく、羨ましいもんだぜ」
最後に深い溜め息を吐いたアーダインは、空を見上げる。
(さて、あの臨時パーティは今頃どうしてるだろうな……)
◇◆◇ ◆◇◆
「ちょっとちょっとちょっと! ハン! 何よ今の動き! クレアさんの動き考えなさいよね!」
「で、でもよぉ……いきなりこの五人でパーティってのは注文が難し過ぎるんじゃねぇか、キッカ?」
「泣き言は聞いてないのよ! 魔王軍の前でその泣き言が通用すると思ってるの!?」
「ぐっ……いつもより厳しい……」
「それとラッツ!」
「む?」
「前に出過ぎ! メアリィちゃんの援護範囲をしっかり把握して! そこはアリスちゃんの範囲! ここが私の範囲! 援護範囲外にいたら助かる命も助からないんだからね!」
「わかった、善処する」
「完璧にしなさい!」
「むぅ……!」
キッカの叱責は、全てパーティの安全のため。
それでも、ラッツ、ハン、キッカ、メアリィ、クレアに求められたミケラルドからの要求は、非常に高いものだった。
それをパーティ内で一番理解していたのは、シェルフの姫メアリィだった。
(【魔導ギア】の冒険者への配備が完了次第、その使用指導。それは問題ないはず。でも、その後のミケラルドさんからの要望は、私たちを信頼しているから……)
◇◆◇ ◆◇◆
『あ、メアリィさん? 俺、俺、ミケラルドです』
『ミケラルドさん、どうしたんですか?』
『魔王の尖兵の資料は読んでますよね?』
『え、えぇ……皆で共有しています』
『当然なんですけど、魔王が復活したらアレがうじゃうじゃ出てくると思うんですよ』
『それは……そうでしょうね』
『おそらく、奴らは世界各地に広がるでしょう』
『……っ!』
『アレは一匹で街や村を破壊出来るだけのスペックを持っています。私が魔王なら、村単位の数の尖兵を復活時に解き放つでしょうね』
『……私たちに、どうしろと?』
『ラッツさん、ハンさん、キッカさん、クレアさん……そしてメアリィさんには、各地に放たれる尖兵を各個撃破して頂きたい』
『私たちだけ……ですか』
『イヅナさんとオベイルさんにも応援をお願いしてますが、彼らには一人で世界を飛び回って頂きます。後程、メアリィさんたちの担当範囲を記した地図を届けさせますので、【魔導ギア】の指導が完了次第優先順位の高い場所から転移で回ってください』
『…………』
『大丈夫。あなた方には尖兵に耐えうるだけの訓練を付けたつもりです。私は無理な事は頼みませんよ。だから……任せましたよ』
『っ! は、はい!』
◇◆◇ ◆◇◆
(魔王の兵との真剣勝負。私たちがミスすれば、それだけで村や町が亡ぶ。逃げるという選択肢は最初からない。あってはいけない。だからこそ、キッカさんはあんなにも真剣なんだ……)
――だから……任せましたよ。
(わかってる。ミケラルドさんも、私たちにあんな事を言いたくなかった。でも、言わなければいけない状況になってしまった。私たち以上に……ミケラルドさんも追い込まれている……だから私も――っ!)
そう思うメアリィの瞳には……否、ラッツ、ハン、キッカ、クレアの瞳にも、強く熱い緋色の焔が灯っていた。
※本来「鎧」の単位は「一領、二領」だったり「一領、二領」と数えますが、魔導ギアは魔力を動力としたマシンというニュアンスが強いため、「一機、二機」の単位で表記しています。




