その891 史上初の侵入4
第三階層の地面が見える頃、そこでは既に戦闘が終了していた。そう、第三階層にはエアシャーキングという、宙を泳ぐ鮫型モンスターが出現するのだ。
視界の範囲であれば瞬間転移出来る【空間跳躍】という厄介な固有能力持ちだが、リィたんとエメリー擁する成長したオリハルコンズの前には、SSSランクモンスターといえども太刀打ちできないようだ。
……結構強いはずなんだけどな、エアシャーキング。
ふむ、これは嬉しい誤算かもしれないな。
勿論、そうなるように叩いたつもりだが、今の彼らは精神も連携ものりにのっている状態と言える。
トップギアに入った彼らを止められる存在は、そうはいないだろう。
そんな事を考えながらうんうん頷いていると、うらめしそうな視線を感じた。
発信源は聖女アリス。
「どうしたんですか、その目」
「……背中を押された気がします」
なるほど、先程のアイススライダーの事を根に持っているのか。
「頼まれなくても私は皆さんの背中を押して差し上げますよ」
「そういう気持ち的な事ではなく」
「ところで、エアシャーキングとの戦闘には間に合ったので?」
「ぐっ!?」
まぁ、最後尾だったし、なおかつ上で滑るのを躊躇してたもんな。間に合うはずもないか。
「間に合わなかったと?」
「ぐぅ……」
「物理的に背中を押す事も大事って事がわかりましたね」
「くっ、覚えておいてくださいねっ」
パーティに負担をかけてしまったという負い目があるからか、珍しくアリスは引き下がった。仕返しは怖いが、彼女にはこれくらい発破をかけてをおかないとな。
◇◆◇ ◆◇◆
第四階層。
ここでも俺は、霊龍の人間臭さに触れてしまうのだった。
「……一面鏡の世界って話でしたよね、ミケラルドさん」
レミリアの問いに、俺は肯定するように頷く。
本来であれば、鏡に映った自分がグニャリと動き、ドッペルゲンガーの自分が鏡を割って登場する……というのがこの第四階層の演出である。
しかし、目の前にはエメリー、リィたん、ナタリー、レミリア、アリス、キッカ、ラッツ、ハン、メアリィ、クレア……そして俺のドッペルゲンガーが立っているだけ。
「おいおい、大将のドッペルゲンガーまでいるじゃねぇか」
まぁ、立会人とはいえダンジョンに同行しているからな。ハンの愚痴は尤もだが、付録のように付いてきてしまうのは仕方ないだろう。
「10対11か、面白い」
リィたんがぺろりと舌を動かす。
是非とも脳内に焼き付けたいので、今度またやってもらおうと思う。
リィたんは経験こそないが、以前オリハルコンズにはガンドフへのアリス護送時にオリハルコンズそっくりなシャドウと戦わせた事がある。
あの経験があれば、このドッペルゲンガーを倒せないという事はないはずだ。なんせ、この第四階層を得て、あの訓練の着想を得たのだから。
――と、思っていた時期が私にもありました。
「くっ! つ、強い……!」
勇者の【覚醒】を経たはずのエメリーが顔を曇らせる。
「まさかここまでとはな……!」
リィたんも魔槍ミリーを持つ手が痺れている。
相手はたった一匹のドッペルゲンガーである。
他の十匹は疾うの昔に倒し終えている。
一体何がそんなに強いのか。
「ちょっとミック! 立会人が迷惑かけていいと思ってるのっ!?」
苛立ちを俺に向けてくるのは、当然ナタリーちゃんである。
そう、残っているドッペルゲンガーはミケラルド・オード・ミナジリたった一匹なのだ。
このドッペルゲンガーというのは非常に厄介で。
SSSランク上位相当の体術、魔力を保有しつつも、対象の持つ能力を全て模倣し、活用するモンスターである。
「一体……どれだけの能力を持ってるんだ……?」
ラッツの言葉が全てである。
SSS上位の魔力があれば、俺の特殊能力、固有能力全てを発動する事が出来るだろう。尚且つ魔族の【覚醒】や【血の解放】なんか使われた日には、エメリーを超えるZ区分クラスのモンスターとなっても不思議じゃない。
「いやぁ、中々上手い使い方するなぁ」
ドッペルゲンガーの動きを見ながら俺が感心していると、皆のアツい視線が届く。
まさか、立会人という存在にここまでパーティが脅かされるとは思っていなかったのだろう。
俺と俺のドッペルゲンガーが戦えば、基本スペックの差で俺の勝ちだが、SSS時代の俺と戦っているようなものだからな、大変なのも無理はない。
やはりチアコスチュームは必要だったか。そう思った直後、第二階層で見た【聖加護】のフィールドが展開された。
先程よりかなり広範囲のエリアである。
というか、チリチリと熱い。
「……あの、熱いんですけど?」
「ドッペルゲンガーかつ魔族のミケラルドさんを模しているのであれば、【聖加護】は致命的な弱点のはずです」
なるほど、確かに弱点×弱点で効果倍増かもしれない。
「だから――」
「――ん? だから?」
「ちょっと我慢しててくださいねっ♪」
聖女スマイルが振りまかれた瞬間だった。
あぁ、あれは聖女だ。あんな神々しい笑顔は聖女以外のナニモノでもない。
俺は、「じゅっ」という効果音と共に圧倒的な【聖加護】に包まれるのだった。
そう、俺が彼女の背中を押したから、彼女は……アリスは成長してしまったのだ。




