その889 史上初の侵入2
視界に収まりきらない夥しい数のモンスターたち。スケルトン、ホブゴブリン、フラッシュボア、グリーンワーム、サイクロプス、エビルゾンビ、金狼、デスクロークラブ、キマイラアンデッド、グリフォンスケルトン、ダブルヘッドセンチピード、ヌエ、ゴブリンファントム……そして、アンセスターヒドラ。
全てのモンスターが一匹いるだけならばいい。
しかし、当然そんなダンジョン構築などあり得ない。
アンセスターヒドラでさえ、目に見える範囲に三匹はいる。
これはおそらく、霊龍が考案した疑似大暴走なのだろう。
各ダンジョンだけでは成し得なかった予想だにしないモンスターたちの連携を体験し、それに対応する能力、更には終わりの見えない戦闘を経験し、攻略するという冒険者……いや、魔王復活にとって絶対的に必要な能力を成長させる――なんとも霊龍的な冒険者育成方法。
リンクモンキーの数が特に多い事から、第二階層ではモンスターに見つからずに攻略する方法は限定される。
俺のように【大津波】を発動してから空を飛んで敵の半壊を待つ……というような裏技は、パーティ単位では難しいだろう。
「ハァッ!」
っと、流石はリィたん。
一瞬でSSダンジョンのボス、アンセスターヒドラの命を奪った。極薄の魔力の刃を飛ばし、全ての首を刈り取ったのか。あの【魔槍ミリー】と今のリィたんの実力なら、やって出来ない事はない。
「やぁ!」
勇者エメリーも負けていない。
というより、【覚醒】を経たエメリーは、既にリィたんの実力を上回っている。十数年の未熟な経験を【天恵】という才能でカバーしつつも、その向上心はしっかりと目に宿っている。
とりわけ、目覚ましい活躍を見せているのが、ハンとクレア。
中~大物は主軸であるエメリー、リィたん、ラッツ、レミリアに任せ、四人に迫る弱く小さなモンスターは全てこの二人で対処している。
「あらよっと!」
「そこっ!」
ラッツの背後を狙うモンスターも、レミリアの死角から迫るモンスターも、既の所で蹴散らし、無力化する。ラッツとレミリアも完全に二人を信頼し、そのモンスターたちを気に掛けもしない。
ハンとクレアがこれだけ動け、主軸の四人がここまで安定して動けるのは、ハンとクレアの更に内側で、前衛の強化に動くナタリーとメアリィがいるからだ。
「【パワーアップ】!」
「【スピードダウン】!」
味方への強化、モンスターへの弱体化は、彼女たちの重要な役目。
軍部や国を預かる彼女たちの観察眼は、人の並みを遥かに凌駕する。ここぞという時の最善手は、俺以上に見えているはずだ。
そして、最後方に控えるキッカ。
この疑似大暴走において、調整を担当するのが彼女だ。
「【クァグマイア】!」
範囲型土魔法は、俺がアドバイスし、キッカ自身が考案したオリジナル魔法である。特定範囲を泥沼化し、モンスターの進行を制限する。
全てのモンスターが一気に押し寄せないのも、彼女の功績によるものだ。
「エアウォール!」
当然、地上がダメなら空中を……という選択肢も消しておく。魔帝グラムスの老練なテクニックをしっかり受け継ぎ、ミケラルド式スパルタ訓練で更に練度を増したキッカに、乗りこなせない戦場はない。
最後に……――、
「神のご加護を……!」
聖女アリスの【聖加護】が完全なる成長を遂げた。
それは、正に【聖加護】の領域。パーティ全体を【聖加護】で包むという、完全にミケラルド避けの蚊取り線香ゾーン。
モンスターや魔族がこの領域に侵入すれば、弱体化は勿論、吐き気、動悸、息切れ、呼吸困難、熱、火傷、裂傷など、医者も真っ青な諸症状を振りまく。
この元凶であるアリスを、モンスターや魔族が見れば、聖女とは正反対の悪魔に見える事間違いないだろう。
「ちょっとアリスさん」
「今、忙しいんですけど?」
「こっちに悪魔ゾーンが拡がってきてるん――あっつ! これあっつっ!?」
「あぁ、失礼しました。気配を消してるからどこにいるのかわからなくて」
と、俺の存在に関わるジョークをかます程度には、余裕があるようだ。
……ところで、この悪魔ゾーン……俺だけ避けてるんだよな?
戦闘中にこの配慮は中々に難しいだろうが、これを難なくやってのけるアリスの【聖加護】コントロールは、最早史上最高と言えるだろう……ふむ?
「……ほっ! よっ!」
「ちょ!? ミケラルドさん! 動かないでくださいっ!」
凄いな、俺の動きに合わせて【聖加護】の動きを変えてる。
俺がささやかな拍手をアリスに送ると、重厚なプレッシャーがのった視線が書留郵便で返ってきた。
そんなこんなで、皆の活躍と俺のおふざけもあり、第二階層のモンスターたちはいつの間にか減少し、いつしか視界に収まるようになり、遂には視界から消えていったのだった。
確実にパーティ難度Z区分であっただろう疑似大暴走は、オリハルコンズという大波で覆いつくしたと言えるだろう。
その後、俺は、ナタリーとアリスとにグチグチ言われながらも、彼らに付き従うように第三階層への転移装置へと向かったのだった。




