その884 オリハルコンズの再会1
◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆
ミケラルドさんは言った。
――それこそが、オリハルコンズの皆を鍛える理由ですし、私が霊龍に怒っている大きな理由の一つでもあります。
ミケラルドさんが霊龍に怒っている理由。
考えてみれば当然だったのかもしれません。
以前、リィたんさんに聞いた事があります。
――ミケラルドさんの力は魔王に届き得る、と。
魔族四天王を圧倒し、数々の難敵を倒してきたミケラルドさんならば、確かに魔王を倒せるかもしれません。
けれど、ミケラルドさんは吸血鬼。魔族の王には歯向かう事が出来ません。それが霊龍さんが定めた世界の不文律ならば、これに怒るのは当然です。
でも、それだけじゃない。ミケラルドさんが本当に怒っている理由は別にあるんだと思います。
エメリーさんや私……いえ、オリハルコンズの皆が魔王に立ち向かわなくちゃいけない事に……大きな憤りを感じている。
だからこそ、だからこそミケラルドさんは怒っていたんです。
それ故、少しでもオリハルコンズの生存率を上げるため、無理をしながらもオリハルコンズ全員にマンツーマンで付いた。
自分が傷付きながらも一所懸命に。
法王国に戻り、皆さんに会って気付きました。
皆さんが、ミケラルドさんがどれだけ頑張ったのか。
「よっ、何か久しぶりだなアリスちゃん」
冒険者ギルドで最初に声を掛けてくれたのはハンさんでした。表情には自信が漲り、下半身の安定感が増したような……それ以上にハンさんを纏っている魔力の圧が大きく変わった印象を抱きました。
それに、ハンさんの腹部から下には以前見かけた【魔導アーマーミナジリ】が……。
「お、気付いちゃった? ミケラルドの大将が言うには、俺は下半身強化に特化した方が良いみたいでな。腰に負担を掛けないように腹から下の魔導アーマーを造ってもらったんだよ」
「部位特化……凄い」
「だろ? 他の皆も面白くなってるぜ」
言いながら、ハンさんは親指で奥を指差した。
「あ、アリスじゃん! え、何々その魔力! 凄くないっ?」
次に会ったのはキッカさん。
内包する魔力向上もそうですが、以前のメアリィさんと同じ装備を纏っていました。
「私も……へっへー、ミケラルドさんに魔導書沢山貰っちゃって、全属性の色んな魔法を使えるようになったよ」
「つまり、キッカさんの役割は――」
「――んー、劣化ミケラルドさんって感じかな? 攻撃よりもサポート特化するように仕込まれたよ」
キッカさんはポンと胸を叩き、誇らしげにそう言った。
その隣にやって来たのはラッツさん。
「ラッツさん、それって……」
「【魔導アーマー】だ。私は総合力を鍛えられてな。何度もSSダンジョンに潜らせてもらった」
「えっ!?」
「分裂体と言えどミケラルド殿とパーティを組めば二人でSSパーティとなる。ミケラルド殿に頼らず一人で攻略出来るまでが大変だった……」
そう言ったラッツさんの顔は何だかとても疲れているように見えた。けれど、それ以上により精悍さを宿しているようにも見えた。
本当に凄い、SSダンジョンの階層ボス――アンセスターヒドラを単独で攻略するなんて。
「あ、アリスさーん! こっちこっち!」
私を呼びながら手を振っていたのはシェルフ族長の孫娘、メアリィさんだった。隣ではクレアさんが深々と頭を下げてくれた。
私も釣られるように頭を下げ、キッカさんとラッツさんに会釈をしてから二人の下へ向かった。
「お久しぶりです。メアリィさん、クレアさん」
「やっぱりアリスさんも凄く成長してるね、クレア」
「えぇ、ガンドフに向かっていた時からそう日は経っていないはずですが……今回のマンツーマン訓練は流石に心が折れるかと思いました」
あのクレアさんが主人のメアリィさんより先に愚痴を零すなんて……。
「ミ、ミケラルドさんに一体何をされたんですか……?」
私が恐る恐る聞くと、クレアさんは遠い目をしながら言いました。
「……千尋の谷から突き落とされました」
「獅子が我が子にやるってあの……?」
「何とか谷底に着地した後に、ミケラルドさんも降りて来てにこやかに言うんです……『手が滑りました♪』って……うぅ」
クレアさんは震えながら言った。
けど、それだけじゃなかった。
「そしたらミケラルドさんがわざとらしく言うんです……『じゃあ登りましょうか♪』って。それからは谷を駆け上がる毎日でした……登り切っても『もうちょっとタイムを縮めましょう』とか『疲れたのでおぶってください』とか『谷底に忘れ物しちゃいました』とか……」
「そ、それでそんなに地力が……」
クレアさんにはハンさんとは違って、肘までの手甲、膝までの脛当てが【魔導アーマー】みたいですね。
「うぅ……」
嘆いているクレアさんを……私は同情する事しか出来なかった。ここにいる全ての人たちは皆、ミケラルドさんのマンツーマン訓練を受けたのだから。
「メアリィさんはどんな訓練を……?」
「私はランクSダンジョンに入り浸りだったかな? 一人で攻略出来るようになった後は、ひたすらランク上げ……かな? ナタリーちゃんも同じような感じだったはずだよ」
こうしてケロっとしているあたり、やはり彼女は一国の姫君なのだと思ってしまう。
けど、ミケラルドさんは身内だとしても容赦しない。
とはいえ、身内だからこそ失いたくないが故に、厳しくしているのもわかってしまう。
「あれ、アリスさん……その杖?」
そんな中、メアリィさんが私の持つ杖を指差して言いました。
派手な金装飾と、それを際立たせるオリハルコンの淡い蒼。
これまで使っていたアイビス様の杖ではない……私の、私だけの杖。
「ミケラルドさんが造ってくれたんです。【聖杖アリス】……それがこの杖の名前です」




