その879 聖女の経済効果
「ミケラルド様ぁー!」
「アリス様ー!」
「なんと神々しい!」
「アリス様がいればミナジリ共和国も安泰だな!」
届く声援と歓喜の声。
只今、俺とアリスは竜騎士団の護衛の中、民衆の歓声に応えている。隣のアリスはぎこちない笑顔を浮かべ、周りに手を振っている。
オープンカーさながらの土台を俺が浮かし、首都ミナジリを一周。簡単ではあるが、経済効果は抜群である。
魔族と聖女が手を取り合い、公に動き回るのだ。ない訳がない。これを話した時の、ロレッソのホクホク顔は忘れられないものだ。
「こんな事してていいのでしょうか?」
「大丈夫ですよ、霊龍の意思でこちらへ来ている事は各国へ通達済みです」
「でも、霊龍様が私をここへ呼んだ理由は別にあると思うんです」
「そんなの当然じゃないですか」
「へ?」
「現在その準備に人員を割いてる途中です。これはそのついでに聖女の名を利用しているだけです」
「それ、本人の目の前で言う事ですか?」
「私、アリスさんに極力隠し事をしたくないんですよ」
ナタリー同様、後が怖いからな。
「ミケラルドさんの場合、裏というより裏しかないのでわかりづらいんですよね」
「こうやって手を振ってるだけで民衆が安心出来るんです。コスパ最高でしょ」
「言い方」
「最近は安心の価格が高騰してましてね、一手打っておきたかったところです」
「はぁ……それで、霊龍様の意図というのは?」
短いながらも濃く付き合ってきただけに、話題の戻し方を心得てきたな。
「今回、霊龍はアリスさんだけをここへ送りつけた。聖女だけ。本来、聖女とセットでやってくるのが」
「エメリーさん、ですね?」
「そうです。けど、エメリーさんは霊龍に目を付けられなかった」
「『選ばれなかった』とか言いようがあると思うんですけど?」
「いえ、この言い方であってますよ」
「へ?」
「先日の尖兵の一件で、既にエメリーさんの覚醒は成っています。勿論、まだ魔王の足下にも及びませんが、龍族と足を揃えるくらいには成長しています。だから、後は時間の問題なんですよ」
「はぁ……?」
「ですが、【聖加護】の完全コントロールは成ったものの、聖女の実力は勇者をサポート出来る段階にない。『やっべぇ、バランスとれてねぇーじゃん』と霊龍は思い、アリスさんをここへ呼んだ」
「つまり、目を付けられたのが」
「アリスさん、という事になりますね」
それを聞き、アリスはガクリと肩を落とした。
「あれ? どうしたんです? 何か崇高な使命でもあると思ってました?」
「くっ、少なからず……」
拳を握り、もどかしい気持ちから逃げたいであろうアリス君。
「戦争なんて足し算と引き算の世界ですからね。世界の調整役を担う霊龍としては、人間の手に委ねつつ上手くやりたいってだけの事でしょう」
「ミケラルドさんは魔族じゃありませんでしたっけ?」
「人間界にいる魔族ですからね、いいように使われてるんでしょう」
「ミ、ミケラルドさん? ちょっと顔が怖いんですけど……?」
「霊龍には頭が上がらないんですよ、ホント。でも、上がるようになった時には……仕返しくらいはしたいと思いまして」
「そうなったらもう世界の終わりなのでは?」
「いいですね、それ」
「え?」
「いえ、アリスさんからの信頼は厚いようなので、ちょっと嬉しくなりました」
「え? ちょ、何でそういう事になるんですかっ」
「だってアリスさん、私が霊龍に届かないとは思っていないようですし?」
「あ……それは……その……まぁ……うん。そうですね」
「力においては信頼頂けているみたいですね」
「そ、そうです。力においては何より信頼していますっ。それが何かっ?」
そうムキになるアリスを横目に、俺はくすりと笑うのだった。その後、聖女パレードは昼過ぎまで続き、ミナジリ邸に戻る時には、既に日が暮れかけていた。
◇◆◇ ◆◇◆
「こ、これは……!」
アリスが見下ろすのは、ミナジリ邸の地下に建造された秘密の訓練場。
無数にある見慣れたゴブリン人形の後ろに立つ俺と、正面に位置する聖女アリス。
「懐かしの戦略ゲームですね。以前アリスさんはレベル7まで攻略しました。今日からレベル8以降を攻略してもらいます。レベル7攻略時のアリスさんはランクS。現在のアリスさんは……おそらくSSからSSSの実力があるでしょう。ですが、依然ランクはS。緋焔組はSSになりましたが、アリスさんは上がりませんでした。依頼消化が少ない事も起因していますが、同時にこれはアリスさんへの冒険者ギルドの信頼度とも言えます。つまり、アリスさんがミナジリ共和国にいらっしゃるこの超短期間に、実力の向上、信頼と実績を積み上げ、冒険者ギルドのアーダインお爺ちゃんの太鼓判を頂く」
「せ、聖騎士学校の授業は……?」
「そんなものはサボタージュですよ。サボってサボってサボりまくってください。下種く、卑しく、聖女的に――ですよ」
「とってつけたかのように聖女を付け足さないでください……」
そう嘆くアリスを見て薄ら笑いを浮かべる。
長らく停滞してきた聖女ゴリラ計画、いよいよ大詰めだな。




