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半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~  作者: 壱弐参
第四部

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その870 闇の正体2

 俺のその言葉の後、エメリーは目を丸くしてこちらを見た。


「え? えっ? え!?」


「え」の回数が増す度に顔を紅潮させたエメリーだったが、世界はそのご尊顔を眺めさせてはくれなかった。

 魔王の尖兵が戦線に復帰したからだ。


「まぁ、その続きは後程という事で」


 俺がそう言いながら尖兵に向かうと、エメリーは「あの! ちょっと!?」と言いつつも俺の後に続いた。

 正直、エメリーは強くこそなったものの、この尖兵にはまだ付いていけないだろう。

 しかし、この数日のエメリーの成長が、更なる成長を期待させた。


「左手を任せます」

「えっ!? あ、はい!」


 その簡易的な指示で、エメリーは全てを理解した。

 尖兵の聴覚は、俺の【超聴覚】に似て多くの情報を読み取っていた。俺とエメリーの攻撃を全て的確に捉える技術。これを受け、エメリーは一つの情報を得た。


「そうです。聴覚よりも触覚のが優秀なんですよ、こいつ」

「はい!」


 それは耳で得る情報よりも、肌で得る情報に重きを置いているとも言えた。今の実力であれば、俺もエメリーも音速を超える攻撃が可能だ。だからこそ、攻撃の風切り音を拾うよりも、それによって動く大気から情報を得ているのだ。

 さて、視覚という重要器官を絶ってまで生まれたのは何故なのか。闇に生きた故の進化なのか、魔王が意図してそう造ったのか。その理由はわからないが、こと戦闘に関して言えば、確かに上手く機能している。まるで、戦闘にだけ特化しているかのようだ。


「やぁああああ!」


 左手を任せていたエメリーだが、徐々に尖兵の速度に合ってきた。

 いやはや、【勇者】という特性がこれほど恐ろしいと思った事はない。まさかここまで適応してくるとは。この時、この段階を以て、エメリーの実力はオベイルを超えたと言える。

 ……こうなってくると、霊龍がエメリーに宿した天恵の底が見たくなってくるというものだ。


「いいですね、それじゃあ左脚もお願いします」

「は、はい! ぁ――」

「わー」


 尖兵の左脚を任せた瞬間、エメリーが遠くに飛んでった。打ち上げ花火のように。

 飛んで行ったというか、正確には蹴り飛ばされたのだが……まぁ、威力は殺していたのですぐに復帰してくるだろう。

 十秒程だろうか、尖兵を押さえていると、鼻先を真っ赤にした涙目のエメリーが戦線に復帰した。


「お帰りなさい」

「いちち……痛いよぉ……」

「じゃあもう一回左手からですね」

「お、お願いします!」


 幾度も繰り出される重い攻撃。

 エメリーは完成したばかりの勇者(エメリー)の剣を駆使し、必死に尖兵の攻撃に食らいつく。


「じゃあ左脚を――」

「――ちょ、ちょっと待ってください!」

「ダメです」

「酷いっ!? ぁ――」

「たーまやー」


 芸術的な放物線を描くエメリーだったが、先程よりダメージはないようだ。しっかり着地もしてるし、鼻先も赤くない。

 がしかし、ちょっとだけ泣きそうなのは俺のせいかもしれない。


「うぅ……!」

「お帰りなさい」


 返事がない。

 これはエメリーのささやかなる反抗だろう。

 俺はそう思い口を開いた。


「それじゃ左側(、、)お願いします」

「嘘!?」


 ようやく口を開いてくれて俺はとても嬉しい。

 尖兵を世に放てば国の一つくらい滅ぼしてきそうだが、ここで戦う機会を得られたのは大きい。

 魔界ではこいつが九匹程暴れてるみたいだが……なるほど、優しいじゃないか、観測者気取りの賢者め。

 しかし気になる。ヤツはこれまで世界に不干渉だったはず……これは一体?

 と、そんな事を考えていると、俺の後ろにリィたんが現れた。


「ミック、代われ」

「ははは、そろそろ痺れを切らすと思ってたよ。でも大丈夫? こっちは――」


 そこまで言ったところで、リィたんが俺の口を止めた。

 それがリィたんの全てであるかの如く、周囲一帯を魔力で埋め尽くしたのだ。


「……何か言ったか?」

「いえ、何も」


 有無を言わせぬリィたんの我儘。

 尖兵に利き腕や軸足があるのかはわからないが、右側……特に右脚の力は龍族クラス。それを忠告しようとしたのだが、どうやらリィたんも最初からそれには気付いていたようだった。

 一瞬の間を縫うように、俺とリィたんが交代。

 魔槍ミリーを手に、リィたんがエメリーの隣に立つ。

 その直後――、


「「――ぁ」」


 リィたんとエメリーが大きな弧を描いて飛んで行った。

 一瞬コメディかと思ったが、弧を描き切る前に二人は宙を蹴った。


「「――ぁぁぁああああっ!!」」


 天から降り落ちる流星の如く、二人は魔王の尖兵と再び檄を交わしたのだった。

 …………ふむ、何とかカタチにはなったか。

 そう思い後方へ下がると、俺はオベイルとイヅナの間を通り、【闇空間】から椅子とテーブルを出した。


「ほっほっほ、達観してるな」

「さっきエメリー泣かしてただろ?」


 イヅナとオベイルから苦笑交じりの小言を言われるも、俺はそれに反応する事は出来なかった。

 同時に【闇空間】から取り出したメモ帳をに筆を走らせ、尖兵の特徴を書き記す。

 興味深々という様子でオベイルがメモを覗き込む。


「……おい爺、見てみろよ」

「ほぉ、正確だな? この短時間でここまで見極めたか」


 二人がふんふんとメモを見、各部位の攻撃力と所見に目を走らせる。


「んー、俺だと左手で精いっぱいか?」

「私では左脚までだな」


 確かにオベイルにはそこが限界。

 イヅナも剣神化をして初めて左脚に追いつけるというところだ。だが、それ以上に奴の相手として成立させるためには――、


「右の攻撃力がエゲつねぇな。そういや、この腹も右脚だったよな」

「受けが成ればやりようはある。だが、絶対的な力が――」

「――そうなんですよ」


 イヅナの見解をぶつっと断ち切った俺は、じっと二人を見る。

 そんな俺の行動が不可解だったのか、オベイルとイヅナが顔を見合わせた。


「……ちょっと脱いでもらっていいですか?」


 国すらも亡ぼす力を有した魔王の尖兵が暴れる深夜、達人と筋肉の間の抜けた声が響く。


「「へ?」」

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