その84 ミケラルドの商才
2019/6/12 本日三話目の更新です。御注意ください。
「ようこそおいでくださいました。ミケラルド殿」
「ご招待頂きありがとうございます。ドマークさん」
ナタリーにお説教された翌日、俺は三度ドマーク商会本店までやって来ていた。
案の定、本日シェンドの町にミケラルド商店が王商印を授かり、王商となったという情報が広まった。当然、シェンドの町の町民は皆こぞってミケラルド商店までやって来た。
ナタリーとエメラは、今頃嬉しい悲鳴をあげている頃だろう。
俺が戻るまでの倉庫番をリィたんが務めているそうだが、本当に大丈夫なのか不安である。しかし、近所付き合いは大事である。まずはこのドマークとの局面を乗り越えなければならないだろう。
ドマーク商会本店の応接室は、まるで貴賓室のようだった。シェンドの町の二号店の応接室はエメラと一緒に出来るだけ豪華にしたつもりだったが、ここに来るとやはりそれすらも霞んでしまうだろう。
ずっしりとした客席に腰掛けると、ドマークもその対面に座った。
両者が座った段階で、別室から執事のようなダンディな男がティーポッドを持って入って来た。
なるほど、茶か。それは考えてなかった。
ミケラルド商店でも取り入れよう。…………問題は、誰にお茶運びをやらせるか、という事だ。
任せられそうなのがエメラしかいないというのは、やはり人手不足なのだろうな。
「ん、美味しいですね、この紅茶」
出された茶に手をつけないのも失礼だ。一口すすってみると、茶葉の匂いが鼻腔をくすぐり、香りと共に深い味を楽しませてくれた。率直な感想を述べると、ドマークは嬉しそうに微笑んだ。
「リプトゥア国から取り寄せている茶葉です。木材や石材より軽く、交易に向いた商品ですよ」
「いいんですか? そういうのバラしてしまって」
「問題ありません。多くの商人が取り扱ってる商品の一つですから」
「ですか。ドマーク商会には驚かされっぱなしです。昨日箪笥を買った後、また伺ったんですよ」
「そうでしたか。お声がけくだされば案内したものを」
「はははは、天下のドマーク商会のドマークさんに案内なんて、贅沢ですね」
「相手がミケラルド商店のミケラルド殿だからこそですよ」
……やはり違う。ただのゴマすり合いなどではない。
ちゃんとドマークは俺を利益の対象として俺を見て、相手している。
本当の挨拶は昨日のみ。今日は何かしら話があるからこそ俺をここに呼んだ。そういう事か。
ただの近所付き合いだと思ったら、思わぬ火の粉をかぶってしまいそうだ。
「さて、何から話したものでしょうか」
鬼が出るか、蛇が出るか。
「ミケラルド殿は、これからどういった商売を目指していくおつもりか?」
漠然としたところからきたな。
しかし、この質問にもちゃんと意味がある。
これ即ち野望の大きさ。ドマークは、俺がどういう反応をするかで、今後の利益を考えるのだろう。こちらとしてもドマーク商会の力を借りた方が先を見通しやすくなる。
ここは正直に答えた方がいいだろう。
「国……ですね」
「というと?」
「国を動かせるレベルの商売を目指しています」
ドマークの反応がピタリと止まる。
そして、温厚さが消えた商売人の鋭い眼力で、俺を品定めするように見たのだ。
「それは、金銭で政治を牛耳るという事かな?」
「牛耳る……というより手綱を握るというのが正解でしょうか」
「それが非なるものだと?」
「完全なコントロールと指針は別だと考えています」
「なるほど、少しだけミケラルド殿が見えてきましたな。しかし、我々は既に王商。聞くものが聞けば、それは王家に対する反逆ととられるでしょう」
「王家が間違いを起こさない保証はないので」
「ほぉ、それはまるで神の如き高みからの発言ではありませんか?」
「違います。王家と対等に交渉の場に立たなくては、町の皆の意見を取り入れなくては、いずれ国は衰退していくと思っているからです」
「……つまりそれは、対王家の抑止力という事でしょうか?」
「近いです。幸い現リーガル国王は聡明な方のようです。しかし、それが長く続くとも限らない。人間とは弱い存在ですから」
ここでまたドマークが止まる。
目を瞑り、何かを考えているようだ。
「……それはなんとも、壮大ですな。なるほど、道理で意見が食い違うはずです。私の見ている先と、ミケラルド殿が見ている先はかなりの差があったようです」
「へ?」
「ミケラルド殿、あなたは十年、二十年先の話をしていないのではありませんか?」
「勿論です。商売とは百年、二百年くらい先を見ないといけません。私の代、次代だけで終わるのであれば、こんな話は無用です」
「…………そうか、そういう事でしたか。ミケラルド殿が今完全に見えました」
そんなに見られていたのだろうか。
ドマークは少々ぬるくなったであろう紅茶をくいと飲み、受け皿に置く。
「ミケラルド殿、あなたはどうやら商売人ではないようだ」
ドマークは、貶す訳でもなく、怒る訳でもなく、ただ真っ直ぐに俺を見てそう言ったのだった。




