◆その789 あの女
2022/1/31 本日三話目の投稿です。ご注意ください。
法王国、ホーリーキャッスルの地下二階。
そこは全面オリハルコンで囲まれた強固な牢。
先の【大暴走】にて、魔女ラティーファが振動を用いて元聖騎士クインに情報を伝えた事をきっかけに、ミケラルドはオリハルコンへ振動すら通さないよう牢を造り変えるつもりでいた。
しかし、ミケラルドは大暴走の直後に国外追放。
未だオリハルコン牢の改善はされていなかった。
深夜未明、牢番のオルグが勤務を終え、夜勤務の牢番と交代をしてからしばらく経っての事だった。
「……」
牢番の呼吸すら聞こえぬ違和感に、元神聖騎士シギュンが床で目を開く。異変に気付き周囲を見渡すも、牢番の姿は見えない。
「……どなたかしら?」
シギュンの声が牢に響くと、影の中から一人の男が現れた。
終始笑みを零しているような薄気味悪い中老の男だった。人当たりの良さそうな表情こそしているものの、ここは深夜のホーリーキャッスル。しかも大罪人であるシギュンの目の前である。
男に何かあると確信したシギュンが聞く。
「法王はこの事を知ってるのかしら?」
しかし、男からの返答はなかった。
シギュンがこの場で何かをする事は出来ない。
だが、それは相手の男も同じ。シギュンはそう思っていた。
「ご苦労様」
「なっ!?」
男はいつの間にかシギュンの後ろにいた。
その男は、ミケラルドと同じくオリハルコンの壁と透過して入っていたのだ。
「……ただの人間ではないようね」
警戒するシギュンに、男が笑う。
「ほほほほ、魔力が人間以下に制御されているのにその胆力。流石は元神聖騎士というところでしょうか」
「気持ちの悪い男ね」
色を伴った男の言葉に嫌悪感を露わにしていると、シギュンは男の背後に視線を向ける。
「それで、そこの【エルダーレイス】は一体なんな訳?」
エルダーレイス――妖魔族ではあるが、魔族四天王である不死王リッチ傘下ではない。希少種であり、ダークマーダラー、ダイルレックスと同じく十魔士にの一種である。魔力が高く、【魔族の賢者】に名を連ねる者も少なくない。
「私のペットみたいなものよ」
「魔族をペットですって? 趣味がいいとは言えないわね」
そう吐き捨てるも、シギュンは壁際に追い詰められていた。
エルダーレイスの平均的な実力は冒険者のSS相当である。
だが、シギュンの眼前にいるソレは、その平均を遥かに凌駕した魔力を発し威嚇していたのだ。牢の力により魔力が抑えられているシギュンにとってそれは、極度の重圧と言えた。
「このままだと私たちも魔力が吸われてしまうわね、エル、ちゃっちゃといきましょう」
「な、何をする気……?」
「簡単な事よ、籠の中の鳥を解き放ってあげるの」
男がウィンクをすると同時、
「ぐっ!?」
シギュンはエルと呼ばれたエルダーレイスに首を掴まれ、壁に押さえつけられてしまう。
「がっ……は、放しなさ――!」
「大の大人がそれくらいでガタガタ言わなーいの。ふふふ、大事にされてるのね。肌も荒れてないし健康的、とても囚人とは思えないわ」
シギュンの横顔を覗く男が薄気味悪く笑う。
激しく暴れ回るシギュンだったが、彼女を助ける者は誰もいなかった。
「私の故郷だったらすぐに斬首刑だったのに、罪人を大事に生かしておくなんて理解出来ないわ~」
それを聞いた後、シギュンは目を見開く。
そして、男の正体に近付いたのだ。
「お前……リプトゥアの――!?」
「あらバレちゃった? でも、大丈夫。バレても何の問題もないから」
くすりと笑う男が、闇色の魔法を放つ。
「や、やめ――!」
暴れるシギュンの脳裏に過去の情報が過る。
(エレノアから聞いた事がある……人間ではなく魔族を奴隷とする闇奴隷商がいると……! ミナジリ共和国の救済で全ての奴隷が解放されたと思っていたけど、この男は……!)
「あ……ぁ……っ!?」
身体を跳ねさせ、顔を歪めて藻掻くシギュン。
「はい終わり。よく頑張ったわね」
そう笑いながら言った男が、エルに抱えられながらオリハルコンの牢を出る。それと共に、エルは嘔吐くシギュンの髪を引っ張り牢の外へと出したのだ。
「これでよろしいですか?」
咳込むシギュンが見上げる。
そこには、魔族奴隷商の男とは違う大柄な男がそこに立っていた。
「結構」
野太い声を牢に響かせ、シギュンを見下ろす大男。
シギュンは大男を見上げ、目を見開く。
「……ゲバン」
そう、魔族奴隷商の男を手引きし、シギュンを牢から出すように指示した男とは、法王クルスの第一子、第一王子のゲバンだった。
ニタリと笑うゲバンが、大きな足をシギュンの頭に落とす。
「くっ……」
床に向かって顔を踏まれるシギュンの顔が歪む。
「ゲバン様、だろう?」
「だ、誰が……――っ!?」
歯向かった直後、シギュンの身体に電流の如き苦痛が走る。
「あ……あぁ……っ!」
血走る目で魔族奴隷商を見るシギュン。
「主人の命令は絶対遵守だから、ちゃんとしなくちゃね。あ、自殺も無理だから、ね」
しゃがみ、シギュンの頬を突きながら微笑む男。
それを恨めしそうに見るシギュンだったが、彼女の力ではどうする事も出来なった。
「ふふふ、ようやく手に入れたぞ。最強の矛をな……!」
下卑た笑みを浮かべるゲバンが、闇夜の灯に照らされる。
この翌日、法王国ではシギュンとクインの失踪が判明した。
そしてそれは、法王クルスへの大きな糾弾材料となるのだった。
次回:「その790 井戸端会議1」




