その748 交渉のテーブル
「ようこそミナジリ共和国へ、リルハ殿、ペイン殿」
深々と頭を下げる宰相ロレッソ。
隣の俺は、二人に手を振るも、ペインに苦笑され、リルハには呆れられた。
「よかったんですか、ミケラルド商店本店で?」
「構わない。時は金なり、金は有限なり、だ」
へぇ、こちらではそんな言葉があるのか。
ミナジリ共和国にあるミケラルド商店第一号店。
その応接室に転移して来た二人は、俺たちとの挨拶を軽く済ませようとした。
だが、それは俺にとって軽いものではなかったのだ。
「久しぶりだな。クルス、ヒルダと共にボロボロにされて以来か?」
ニヤリと零すリルハに、俺はギクりとしながらも平静を装うしかなかった。
「ミ、ミケラルド様は、見舞い金以外にも正式に謝罪をされたかったそうなのですが、なにぶん法王国には入れないものでして」
「ルークに来させれば良かったんじゃないか?」
ロレッソのフォローも虚しく、リルハに一蹴されてしまう。
ま、確かにリルハはルークの正体を知っている数少ない人間だしな。
しかし……ほんと、イイ性格をしていらっしゃる。ロレッソが黙っちゃったぞ。
「ルークはリーガル国の貴族という事になってるんですから無理ですよ。とはいえ、謝罪の場を設けられなかったのは私の不徳です。あの時は本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げる俺に、リルハは目を丸くしていた。
……ん?
「どうしたんです?」
「いや、そこまで丁寧に謝られると、こちらも恐縮してしまう」
「じゃあどうすればよかったんですか?」
呆れて聞く俺に、リルハは言葉を詰まらせた。
だからなのか、補佐のペインがフォローする。
「ど、どうやらあれは、マスターなりの冗談だったようです」
「うわぁ……」
俺の視線に、リルハは気付いているだろう。
しかし反応を見せないあたり、困っていらっしゃるようだ。
なるほど、あれが冗談だったとは。
まぁ、大暴走を共に乗り越えた戦友とも言える。それくらいの軽口に付き合ってもよかったかもしれないな。
隣のロレッソを見ると、俺が冗談を言った時の苦笑と同じで、ぎこちない笑みを浮かべていた。
そして、ペインと視線を交わし頷き合っている。
もしかして、この二人は似た者同士なのかもしれない。
ロレッソは俺に、ペインはリルハに振り回されているのだろう。かわいそうに。
「ま、あれは終わった話という事で片付けましょう」
「おい、お前が言う事か?」
リルハの絡みが面倒臭い。
「時は金なり、金は有限なり、身体も有限なり、ですよ」
「覚えたての言葉に付け足すな」
「それで、こちらに足を運んでくださったという事は、商人ギルド招致の件、前向きに考えてくださっているという事ですか?」
「確かにあの話が本当ならば、マッキリー以外にも商人ギルドを置く事を考えねばならない」
あの話――ダイヤモンドの事か。
まぁ、ミナジリ共和国には山こそあれど鉱山なんてないしな。そろそろ別の企画も動かしたいけど、それはまだ黙っていた方がいいだろう。今回重要なのは、【魔力タンクちゃん】とダイヤモンドのみで商人ギルドをミナジリの地に呼ぶ事。
「ロレッソ」
「はっ」
俺の言葉と同時に、ロレッソは【闇空間】を発動した。
中から取り出したのは長さ五十センチ程の、大き目の宝石箱。ロレッソはそれをテーブルに置き彼らに見えるように開いた。
「こ、これは……!」
ペインの驚きの言葉。
リルハは目を見開き俺を見る。
「上段から【ポイントカット】、【テーブルカット】、【ローズカット】、【ステップカット】、【オールドマインカット】、【オールドヨーロピアンカット】、【ラウンドブリリアントカット】です。指輪、ペンダント、ティアラ、錫杖など、様々なサイズに応えるため、十段階ほどのサイズをご用意しました」
大小合わせて七十ものダイヤモンドに、言葉を失う二人。
そんな二人が注視しているのは、やはり法王クルス用と同じサイズの巨大ダイヤモンドである。
「マスター……」
「……なるほど、確かにこれだけのダイヤモンドがあれば輸出は困らないだろう。この加工技術も既に最大輸出国のガンドフを超えている。法王国、リーガル国、リプトゥア国の貴族、商家は大枚をはたくだろうな」
「ミスリルやオリハルコンにはない輝きがありますからね。もしよろしければこちらはお持ち帰りください」
そう言うと、リルハが珍しく驚きを目に宿らせた。
「正気か? 屋敷付きの領地を買っても釣りがくるぞ」
「商人ギルド【ミナジリ支部】を建てるなら、幹部連中を黙らせるのに必要でしょう?」
「そこまで商人ギルドを動かしたい理由は何だ? ここからマッキリー支店までそう遠くはないだろう? そうまでして商人ギルドを招致したい理由が見当たらないのだが?」
「政治のためでもあります」
「クルスの件か」
「世界のためとも言えますね」
「あのクロード新聞には笑わせてもらったが、そこまで深刻なのか」
「正直、早いところ【勇者の剣】を造りたいんですよ。というか、世界がこんなに危ないってのに、何故か危機感なさすぎなんですよねぇ……」
シクシクとわざとらしく顔を覆う俺だったが、こんな事でリルハは言葉を弱めたりしない。
「まだありそうだな?」
リルハの言葉に、俺はてへぺろと舌を出して言った。
「勿論、世界流通の中心が、これからミナジリ共和国になるからですよ」
ニヤリと笑った俺に、リルハは今日一番の唖然とした顔を見せてくれたのだった。
次回:「その749 資源」




