◆その739 不和
軍司令室で葉巻をふかす大男――名は、【ゲバン・ライズ・バーリントン】。法王クルス、皇后アイビスの第一子であり、オリヴィエの父である。
「そうか、雑ではあるがそれが最適解だろう」
野太い声、眉間の皺、短い茶髪と、整った顎髭。
ゲバンは黄金の瞳をギラつかせ、オリヴィエを見る。
俯くオリヴィエが呟くように言う。
「ですがお父様、もし宝石箱が見つかったとなれば――」
「――案ずるな。たとえ見つかったところで、盗人が隠したと判断するしかない。ライゼンとクリスには気付かれてないだろうな?」
「勿論ですわ。帰路も気になるような事はありませんでした」
「ならばいい。して、ミケラルドに見初められるよう振る舞えたか?」
ゲバンはオリヴィエをじっと見、その成果を問う。
オリヴィエは少し考えた後、思い出すように言った。
「どうなのでしょう。謁見の翌日に、ご一緒に食事もしたのですが、どうも取り繕われている感じがして、居心地がよくありませんでしたわ」
「ふん……取り入るのは失敗か。お前、アレを見てどう思った」
「底の見えない方だと思いました」
「魔力が強いだけの魔族如き、ただの木偶よ。今までは猿知恵で上手く立ち回ったようだが、私が法王国の実権を握れば、もうあんな嘗めた態度はさせない。無論、準備は必要だ。お前にはもう何度かミナジリ共和国へ行ってもらう。理由などいくらでも見繕える。その間に何としても惚れさせろ。使えるモノは何でも使え。金、涙、色、何なら寝所に潜り込んでしまえ」
ゲバンが下卑た笑みを浮かべて言うと、オリヴィエは口を結び、ぐっと奥歯を噛みしめてから絞り出すように言った。
「…………はい」
震え、
「好きでもない女と寝て作ってやったのだ、せいぜい役に立て」
「……はい」
拳を握り、
「金をかけて育てた分、しっかりミナジリから引っ張って来い」
「はい」
ただ自分を制した。
「もう行っていいぞ」
「かしこまりました、失礼します。お父様」
オリヴィエが踵を返すと同時、司令室のドアが叩かれる。
「入れ」
ゲバンの許可と共に部下が入室する。
「失礼します!」
「何だ?」
「はっ。法王陛下より、ミナジリ共和国訪問の礼を述べたいとの事」
部下がそこまで言うと、ゲバンは顔を顰めた。
その言葉を訝しむように聞く。
「あの爺がそんな事を言うはずないだろう。どういう事だ?」
「どうやら、ミナジリ共和国の元首ミケラルド・オード・ミナジリが、オリヴィエ様の事を甚く気に入られたとの事。再訪を心待ちにしている、といった手紙をもらったそうです」
この報告を聞き、オリヴィエは目を丸くし、ゲバンはニヤリとほくそ笑んだのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
法王クルスの自室。
【テレフォン】用のマイクをテーブルに置き、その正面には法王クルスと、アイビス皇后が座っている。
「ミック……本気か?」
『いやー、だってあの子可哀想過ぎません? 十三歳で魔族の嫁候補とか可哀想じゃないんですか、お爺ちゃん』
「お爺ちゃん言うな! オリヴィエも王族とはいえ貴族だ。その役目は理解している……まぁ、ミックの嫁候補というのは絶対に許せないがな」
『演技ですよ演技。本気でやったら私ナタリーに殺されちゃいますよ』
「無論それはわかってる。しかし、本当に可能なのか? オリヴィエをゲバンから引き剥がす事など? ゲバンは私たちですら公式の場以外はオリヴィエに近付けさせないのだぞ」
『そりゃ法王側に付けたくないですもん。でも、ミナジリ共和国にいれば、多くの人間、魔族と交流が出来る。自立にはいいと思うんですよね』
そこまで言われると、法王クルスは隣に座るアイビスを見た。
「愚息がご迷惑をお掛けし申し訳ない、ミケラルド殿」
『アイビス殿、厳しいかもしれませんが、今回に関してはその言葉を肯定せざるを得ない状況です。お二人を否定する訳ではありません。しかしお二人の性格を考えても、教育を怠ったとは思えないのですが?』
「まことお恥ずかしい話です。初めての子供に舞い上がってしまった結果と言えます。可愛いが余り、愛ではなく飴を与えすぎたのかもしれません」
『確か、【グラント】第二王子、【セリス】第三王子の下にクリス王女……でしたね。クリス王女とは面識がありますけど、他の王子はどのように?』
アイビスが隣に目をやると、クルスは頷いて発言の許可をした。
「私たちの第二子グラントは病弱故、政治とは関係のない世界に身を置いています。セリスはクリスの実兄です」
『という事は……』
「えぇ、クルスの側室だった【リリーナ】の子供です。セリスは非常に優秀で、魔力も強く、家臣や貴族からも評判が高い。故に最もゲバンから疎まれている存在と言えます。今はゲバンが将軍特権を使い、アルゴス騎士団長と共に南方調査の任に就かせています」
『閑職ってやつですか。というか、アルゴス騎士団長まで?』
ミケラルドが言うと、クルスは溜め息を吐いてからアイビスの代わりに言った。
「あぁ、私の部屋を警護と称して見張っているのは、ゲバンの息が掛かった騎士だ」
想定以上にめまぐるしく変わった法王国の勢力図。
クルスは頭を抱え、ミケラルドは乾いた笑い声を出すしかなかった。
次回:「その740 リィたんの帰還」




