◆その726 大暴走15
「クッ!? ハ、放セッ!」
老人が放った闇の鎖に藻掻くミケラルド。
「グゥ……ぐっ!? ググぐグ!?」
じたばたと暴れるミケラルドも、やがては落ち着いていく。
「く……!?」
ミケラルドの瞳が、深紅、闇と交互に色が変わり、その口から闇色の泡を噴く。
「クかカっ!?」
見上げるルークが呟く。
「何アレ、気持ち悪い……」
「今日は気が合いますね、ルークさん……」
同じく見上げ、ルークに同調するアリス。
直後、老人は闇の鎖を握り、大きく、大きくミケラルドを振り回した。
「ふっ!」
やがてそれは、北に向かって槌のように振り落とされたのだ。
轟音と共に大地に突き刺さるミケラルド。
「地面から足が生えてます……」
「あれ、私なんだけど?」
引き気味のアリスと渋面を見せるルーク。
「何言ってんの、二人とも! いいから行くよ!」
ナタリーに急かされ、ミケラルドが突き刺さった場所に向かう。
すると、先に降りて来ていた老人が、やって来た三人の内、アリスを指差したのだ。
「【聖加護】」
「え?」
「【聖加護】だ、早くしろ」
「ミ、ミケラルドさんにですかっ!?」
焦るアリス。
慌てたナタリーが言う。
「ダメだよ! ミックは吸血鬼なんだよ!?」
ミケラルドは吸血鬼。アリスが聖加護を当てれば、その皮膚は爛れ、焼け、やがては溶け落ちてしまう。それを心配したナタリーだったが、ルークはそれを止めなかった。
「ちょっとルークッ! 何か言ってやってよ!」
「いや、やってみよう」
「ちょ、何言ってんのよっ!」
ナタリーが怒気を見せるも、ルークは老人を指差して言った。
「【古の賢者】」
「この人が?」
「この人一応プリシラさんの師匠だし、現状を見るに今彼が指示しているのは限りなく正解に近い……と思う」
歯切れこそ悪かったものの、ルークは彼の迷いのない動きに何らかの確信めいたものを感じたのだ。
じっと老人を見るルーク。
しかしその視線の先、老人の目元は見る事が出来ない。
(【歪曲の変化】を使って、鼻から上を黒く隠してやがる。くそ、エロゲー主人公みたいな爺さんだな……)
「生意気な面だ」
老人がルークを見て言う。
「すみません、生来こんな顔なもので」
ルークが言い返すも、老人はそれを相手にせず、またアリスを見た。
「【聖加護】だ」
再度アリスに指示を出す。
アリスがルークを窺うように見るも、ルークはただ頷くだけだった。
「し、知りませんからね!」
仕方なしにという様子でアリスがその場にしゃがむ。
「シュールな絵だな……」
「うん……」
ルークとナタリーは、地面から飛び出た足に向かって聖加護を放つアリスを見てそう言った。
直後、その身体がビクンと跳ね、バタバタと徐々に大地を掘り起こした。
土埃が舞う中、ミケラルドはビクビクと痙攣し、白目を剥いた。
「私凄い」
「ミック凄い」
ミケラルドの口から出ていた闇色の泡が、徐々に薄くなっていく。
「おぉ、唾液の色が変わってく!」
「もっと上品な言い方ないんですか、ルークさんっ!」
アリスが文句を言うと、ルークが少し首を傾げてから、ぽんと手を叩く。
「シャボン玉が光ってますね!」
「そうじゃないです!」
「……それで、これはどういう事で?」
ルークが老人を見て言うと、
「今、コイツの身体は魔族とは言いがたい。さっきの奴が表に出てたんだ、当然だろう」
「だからこそ聖加護だと?」
「そういう事だ。聖加護で奴を押し戻し、中からミケラルドを押し出す」
「なるほど、ところてん方式……」
ルークがそう言うと、老人は反応せず、ウィザードハットを更に目深に被った。
ルークがしばらくじっと見ていると、老人は言った。
「私から情報を得られると思うな」
「思ってませんが、やれるだけやってみたいなと」
「ふん、殴ってでも聞いてみるか?」
「いえ――起きた彼に任せようかと」
「っ!?」
瞬間、今の今まで気を失っていたミケラルドが、アリスの手を避けながら真っ直ぐ老人へ飛びかかった。
「竜爪、六徳の嵐!」
無数に放たれるミケラルドの拳。
そのどれもがピタリ、ピタリと老人の指によって止められる。
「「……まじか」」
ルーク、ミケラルドの声が重なる。
「ふざけた態度だな」
「何を仰る。私を助けたという事から、貴方は私を殺せない、もしくは殺したくないという事。ならば、ただのじゃれ合いくらい受けて頂けるだろうという常識的な判断ですよ」
「随分本気のようだったが?」
「プリシラさんの分も詰まっていたので、つい」
「…………あの子には辛い思いをさせた」
「わかってるならいいですよ、わかってるならね。それで? これから貴方はどうされる予定で?」
「引き続き世界の監視、といったところだな」
諦めたように老人が言うと、ミケラルドはニコリと笑って言った。
「よかった、少しだけでも情報が得られました」
「……ふん、そんな事よりまずこの大暴走を止める事だな」
「えぇ、奴が集めた魔力がそっくりそのまま私のものになったみたいなので、かなり回復しました。これなら大丈夫です」
言うと、老人は一度法王クルスを見ながら言った。
「これからが大変だな」
「それは、仕方のない事です」
ミケラルドが答えると、老人はアリスに何かを渡した後ボソボソ耳打ちをした。そして後方へ跳び、そのまま姿を消して行ったのだった。
三人とルークはそれを気にする事なく、北にある土壁を見、ただただ今ある現状を何とかしようとまっすぐ歩き始めた。
「さぁ、まずはこれを何とかしなくちゃな」
力強く頷くナタリーとアリス。
この数刻の後、魔力回復したミケラルドが巨大な魔法を放ち、北に集まったモンスターを一掃した。
しかし、その直後、モンスターの被害以上に大きな問題が、ミナジリ共和国に襲いかかるのだった。
次回:「その727 事実」
次回で第三部が幕となります。




