◆その723 大暴走12
「……まずいのう」
空から東を見下ろす魔帝グラムス。
隣で羽ばたく炎龍にも、既に疲れが見える。
「モ、モンスター……た、たくさん……なのだ……」
体全体を上下させ、息を切らす炎龍を横目に、グラムスの頬に冷や汗が流れる。
既に、グラムスの魔力は尽きかけている。しかし、地上のモンスターの波は、やや緩やかにはなったものの、未だ冒険者たちの壁を壊しにかかっている。
地上からの援護はない。グラムスからの援護も出来ない。
次の戦闘で、グラムスの最後の魔力が尽きる。
それがわかったからこそ、グラムスは無駄な魔力を消費せず、静かにその時を待った。
やがて、東の空から現れるキラービーの群れ。
グラムスを囲おうとするその一瞬、
「ふっはぁ!!」
十の指から放出された超圧縮の魔力砲は、確実にキラービーの命を刈り取った。消費し切った魔力を感じ取ったグラムスが言う。
「……炎龍!」
「はいなのだ!」
「降りるぞ。手を貸すのじゃ!」
言いながらグラムスが降下していく。
「落ちてるのだぁあ!?」
炎龍は慌ててグラムスを受け止め、そのまま聖騎士学校の広場へと降りて行った。
炎龍から降り、ふらふらになりながら地面に腰を下ろすグラムス。炎龍もまた人化し、真似するように腰を下ろす。
「まだ……終わってないのに……限界なのだ……」
「なあに……ミケラルドのヤツが何とかするじゃろ」
「ミックが?」
「ほれ」
グラムスが空を指差す。
その指の先――ホーリーキャッスルの尖塔、そのさらに上に、周囲を見渡すミケラルドの姿があった。
「どうやら、ここからはやり方を変えるようじゃ。よっこせ」
言いながらグラムスがよろよろと立ち上がる。
「どうするのだ!?」
「闇空間の中にあったマナポーションが切れちまったからの。探せばどこかに一つや二つ見つかるじゃろ」
「わ、私も行くのだ!」
「流石は炎龍ロードディザスターじゃ。何事も準備が必要じゃて」
「じゃてじゃて!」
「あー、腰いてぇ……」
自らの腰をトントンと叩きながら歩き始めたグラムスと、それを真似する炎龍。
商人ギルドを通して、各方面にマナポーションが運ばれた今、街中でそれを見つける事は困難かもしれない。
しかしそれでも、二人は小さな望みに掛け、街を走り回るのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
ホーリーキャッスル上空にやって来たミケラルドは、東、そして南を見ながら呟く。
「西は……ナタリーがワンリルを回してくれたのか。テルースとワンリルが間引いて、リィたんと雷龍がふるいにかけ、更にはオルグたちが刈り取れば……まぁ大丈夫か。北は……ははは、ドゥムガのやつ、もうそろそろSSSに届くんじゃないか? さて問題は東か。ジュラ大森林からハンドレッドと失われし位階の精鋭部隊を送れたのは僥倖だな。ナタリーの判断に脱帽って感じだね。ロレッソにも骨を折ってもらったし、あの二人には足を向けて寝られないや。だけど、それでも足りない。このままじゃ東から防衛網を抜かれてホーリーキャッスルの牢にいるクインを食べちゃうな……まぁ、アイツは自業自得だから仕方ないとして、俺が東に行こうにも南から目を離したらそれはそれで法王国が終わる……か。はぁ……」
深い溜め息を吐くミケラルド。
『ミ、ミケラルド様! そろそろ我々だけでは……!』
「わかったラジーン。俺が合図したら暗部の皆に北へ向かうよう指示を出してくれ」
『北……ナタリー様のところでしょうか?』
「あぁ」
『しかし、何故北に?』
「北だ」
ミケラルドの言葉はこれまでにない程、冷たく強いものだった。主の聞いた事のない強い圧力に押され、ラジーンはただただ承服の意を伝える。
『は、はい! かしこまりました!』
ラジーンの声が聞こえなくなると、ミケラルドはすんと鼻息を吐いてから肩を回しながら南の大地を見る。
「クルス殿に怒られるんだろうなー……いや、ロレッソにも? まぁ仕方ないか……」
そう言って、ミケラルドはその身に宿る膨大な魔力を放出した。
「ハァッ!」
ミケラルドが手をかざした先――そこには先程までミケラルドと【テレフォン】越しに会話をしていたラジーンがいた。
その正面が、まるで火山の噴火のように爆発的に隆起した。
「お、おぉ……!?」
どんどんせり上がる土壁を見上げるラジーン。
これを合図だと理解したラジーンが叫ぶ。
「撤退! 撤退だ! ナタリー様の下まで駆けろ!」
ラジーンの指示により、暗部は一糸乱れぬ動きを見せる。
瞬時に後方へ下がった暗部をモンスターが追うも、土壁の隆起がその行動を制限した。
高く、高く上がっていく土壁。
モンスターたちが土壁にぶつかる。
皆で壁を貫こうにもビクともしない。
よじ登れる程の高さでもない。
壁は東へ東へ伸びて行き、城壁などという生易しいものではない強固な壁を造り上げる。
モンスターたちは壁を迂回しようと東へ駆ける。
どこまでもどこまでも続くかのような長い壁はしばらくすると弧を描いた。
「くっ! 流石にキツイな……!」
ミスリル以上の硬度を持ち、高台に建てられたホーリーキャッスルより高い壁。壁は、西の山に接地し、南という広大な範囲を覆い、弧を描き法王国の東へ北上する。
いかにミケラルドの魔力が多くとも、既に限界間近と言えた。
「コレを使ってどこまで持つか……!」
雷龍と戦った際に使った首飾りを手に、ミケラルドの顔が歪む。
次回:「◆その724 大暴走13」




