◆その722 大暴走11
「おらおらおらぁああ! はっはっは! 雑魚ばかりだなぁおいっ!!」
北の防衛網――ミナジリ共和国軍所属の魔族、ダイルレックス種のドゥムガは、その両手で小型モンスターを引き裂き、叫ぶ。
これを見ていたナタリーが、空からの報告を受ける。
『おい、こっちのモンスターは粗方片付けたぞ! 東は炎龍と師匠が動いてるから大丈夫だろうけど、ここからどうするんだっ?』
【テレフォン】越しに聞こえたのは、空で遊撃任務に就いていた――破壊魔パーシバル。
「西と南は?」
ナタリーが聞くと、パーシバルはその様子を語る。
『南が抜かれると思うか? ミケラルド一人で十分だよ。でも、西はちょっとやばいかもな。リィたんも雷龍も、どんどん魔力が減っていってる』
これを聞き、ナタリーが指示を出す。
「わかった、パーシバルはこれから北西の空を注視し、待機。北からリィたんたちを援護出来るならしてあげて」
『北から……で、いいのか?』
「……うん、ミナジリ共和国軍が任された場所は北だけ。下手に手を出せば外交問題になりかねないから」
『でもジェイルは東に行ったじゃないか』
「ジェイルは北東監視中に魔人に見つかり、東まで吹き飛ばされた――」
『――って設定な』
「空から動けるパーシバルにその言い訳は難しいの」
『ったく、わかったよ』
パーシバルはミナジリ共和国軍所属として北の監視。
魔帝グラムスは冒険者として、炎龍は住み家を守るために東の空を監視。
それが、法王国の領空を移動出来るミナジリ共和国の理由である。もし、これを害した場合、文官や貴族たちに約束を取り付けた法王クルスの責任問題になると共に、ミナジリ共和国にとって非常に悪い展開となる。
ナタリーはそれを理解しているからこそ、自身の唇を噛み、歯がゆい思いをしていた。
「……フェンリル」
「はっ! ここに」
ナタリーの言葉と共に現れる、Z区分の実力を持つワンリル。
「絶対災害地域はわかるよね?」
「勿論です」
「ここから西に大回りして、そっちの方から少しでもモンスターを倒してこられる?」
「造作もないこと」
「お願い。大丈夫だと思うけど、誰にも見つからないようにね」
「はっ!」
ワンリルが消え、背後に置かれた地図を見るナタリー。ワンリルの駒を動かし、親指の爪をカリッと噛む。
「西はこれで何とか……でも――」
ナタリーが動かした視線の先は……東。
「東……このままじゃ皆が……!」
ただ地図を凝視するしかなかったナタリー。
目を血走らせながら、地図上を指で追う。
(どこ? どこかにきっと、何か……何か出来るはず……!)
直後、ナタリーは視線をすっと南に落とした。
地図に書かれていたのは【ジュラ大森林】の文字。
「っ! これだ!」
表情が一変したナタリーが次に【テレフォン】を発動したのは――、
「ロレッソ!」
ミナジリ共和国の参謀――ロレッソ。
『これはナタリー様。いかがなさいましたか?』
「木龍が最近ミナジリ共和国でお茶を沢山買うからって、ジュラ大森林に【テレポートポイント】を置いてたよねっ!?」
『えぇ、最近では寝具に日用品と揃えていらっしゃるので、ミケラルド商店から多くの商品を流していますが……っ! ナタリー様、もしや?』
「うん、木龍からの協力申請って事で法王国に向かって軍を動かせないっ?」
『……非常に難しいと言わざるを得ませんね』
ナタリーには、それでもという頑なな意思があった。
沈黙という返答を聞き、ロレッソは仕方なしという様子でその説明をした。
『ジュラ大森林を出れば、そこはドワーフの国、ガンドフの領地。龍族の友人とは名ばかり。動くのはミナジリ共和国軍ですから。当国とガンドフの間に軋轢を生みかねません。いえ、どの国も国王の一枚岩ではありません。必ず生じる事でしょう』
「でも……でも、切れる手札はあるでしょう?」
『ふむ……では一つ伺います。ナタリー様、ご自分の立場を理解されて仰られている自覚はございますか?』
「じゃなきゃロレッソを通してないよ」
ミナジリ共和国の参謀執務室で頭を抱えるロレッソ。
『確かに、ミナジリ共和国には、ミケラルド様がまだ貴族だった頃にガンドフを救ったという貸しがあります。それに、これは当時ミケラルド様がリーガル国に仕えていた時の貸しでもあります。ただ、リーガル国もミナジリ共和国に大きな借りがあるので、この利権を我らに委譲してくれる可能性は大いにあるでしょう。つまりこれは、リーガル国とガンドフに作った大きな貸しをチャラにし、あまつさえミナジリ共和国ではなく法王国のために行使する命令……そういう事になりますが、よろしいのですか?』
理路整然と並べられた国家規模の大決断。
ロレッソはナタリーを気遣いつつも、国益を尊重している。
それはナタリーにもわかっていた事だった。だからこそ、ナタリーは堂々とした態度で言った。
「文句ある?」
片手で目を覆うロレッソ。
しかしその口元は、苦笑とも失笑とも言いがたい笑みを浮かべていた。
『……かしこまりました、ナタリー様。リーガル国のブライアン王、ガンドフのウェイド王……それにミケラルド様には、私から話を通しておきます。ナタリー様は木龍様との交渉をお願い致します。十分後、私よりナタリー様にご連絡させて頂きます』
「わかった……ありがとう、ロレッソ」
『何を仰います。私はこの決断――この二枚の手札を切る事で、更に大きな手札を手に入れる可能性を見ました。才気溢れる軍部トップの進言、これを非常に有用な案と判断したまでです』
「ふふ……でも、ありがとう」
『ご武運を』
そう言って、ナタリーとロレッソは【テレフォン】を切るのだった。
次回:「◆その723 大暴走12」




