◆その719 大暴走8
本日一話目の投稿です。ご注意ください。
「ミケラルドに毒された聖女がこれ程までに厄介とはな!」
振り上げた剣がアリスを襲うも、これにジェイルが追いつく。
「ぬんっ!」
魔人の剣を受け止め、遅れてイヅナが攻撃に加わる。
「もう抜かせん!」
「甘い!」
「っ!?」
イヅナの攻撃を裏拳で振り払った魔人は、ジェイルへの攻撃に注力した。
目にも止まらぬ剛剣に、流石のジェイルも攻撃を捌く事しか出来ずにいる。
反撃に移ろうにも、魔人がその隙を与えない。
覚醒によってようやく余裕を得た魔人と、それにより反撃すら出来ない二人。アリスの援護こそあるが、魔人の攻撃を防ぐために使う二人の魔力は回復出来ない。
この三人の決着がつくのも時間の問題と言えた。
そんな中、魔人は違和感を覚えた。
(……妙だ)
それは、実力的余裕がなければ辿り着けなかった違和感。
(何故、ミケラルドはこちらに来ない? 私が覚醒すればそれこそ聖女の窮地となる。ならば救援に駆けつけるべき。人類の未来を考えれば、法王国の民など切り捨て、こちらに来るべき。天塩にかけた聖女と、敬愛する師匠。計算高い奴なら他国の民など捨て置くべき。いや――)
魔人の目がまたアリスに向く。
「プロテクション! パワーアップ! スピードアップ!」
その目は鋭く、アリスの一挙手一投足を観察する。
(このレベルの戦いに……合わせ始めている……だと?)
見れば、アリスの支援魔法は更に深みを増していた。
「っ!?」
魔人はジェイルから受けた攻撃に驚きを見せる。
(支援魔法の精度が上がっている!?)
どんな魔法であろうと、使用者が異なればその精度も変わる。魔法初心者の【フレイム】と、ミケラルドが放つ【フレイム】の威力が異なるように、アリスの支援魔法は、この戦いの最中、成長していると言えた。
魔人を見据える聖女アリスの魔力が研ぎ澄まされる。
(魔力の運びをもっと速く、もっと鋭く……!)
「くっ!」
イヅナが受けた傷も――、
「ヒール!」
血が出るより早く治療を。
「馬鹿な、見えているというのか!?」
その問いに答える事はない。
アリスは、魔人だけではなく、イヅナとジェイルの動きも捉え始めたのだ。そして――、
「ライトシュート!」
遂には魔人に対して攻撃する余力すら生んだ。
「嘗めた真似をっ!?」
これにニヤリと笑ったイヅナとジェイル。
((これならば!))
聖女アリスの支援攻撃が加わり、魔人のとの戦いに再び均衡が生まれる。
(馬鹿な……っ! もしやミケラルドは!?)
魔人がその答えに行き着くずっと前、ジェイルがイヅナたちの下に現れるほんの少し前、ミケラルドはジェイルに【テレパシー】を発動していた。
『ジェイルさん、北暇でしょう?』
『確かに、ランクの低いモンスターばかりだ。ちょうど今、戦線を北東へ広げたところだ』
『それは何よりです』
『ふん、気付いたから連絡してきたのだろう。何だ?』
『東に魔人が来てます』
『何っ!?』
『奴の作戦はわかってます。当然、勇者エメリーと聖女アリスの成長を止めるため。けど、今回の目標はおそらくアリスさんでしょうね』
『わかるのか?』
『見た感じ、エメリーさんの伸びしろよりも、アリスさんの伸びしろのがありますからね。彼女を誘拐するのが一番効率的です』
『それで、私に連絡をよこした理由は?』
『助けに行ってあげて欲しいんですよね』
『ミックは行かないのか?』
『私は南がありますから。それに、私が行くと、早々に魔人は逃げちゃうでしょうしね』
『っ!? ミック、もしやお前……』
『そういう事です。女の子の窮地に助けに行くのがヒーローってのは時代遅れなんですよ。敵が聖女の成長を妨げようとしているならば、これを利用して聖女を成長させる。そう、女の子の窮地を演出するのが私という訳です』
『聖女の危機を作り、聖女を成長させる……か。まったく、他の者には聞かせられない話だな』
『えぇ、だから信頼出来るジェイルさんに話を通そうと思いまして。行って頂けますか? イヅナさんが踏ん張ってくれてますし、ジェイルさんが行ったらイヅナさんの成長にも、他の方の刺激にも繋がると思うですよね』
『私一人を送るだけでそうなるのか?』
『推測と憶測と願望が詰まってます』
『フッ、ミックらしい返答だ。わかった、援護に向かおう』
『ありがとうございます。今度新しいレシピ教えますよ』
『まだ隠してたか』
そんな二人の【テレパシー】を思い出していたジェイルは、その背で成長し続けるアリスに確かな未来を見た。
(危うい賭けだと思ったが、ミックの判断は間違いじゃなかった。かつての聖女アイビスは既に超えていると言っても過言ではない。私たちへの援護、魔人への遊撃、遂には背後のラッツたちの支援……三方に散らばるエメリー、オベイル、レミリアへの支援、アーダインまでもがその支援射程に入っている)
「ほっほっほ、歴代最高の聖女やもしれんな」
アリスに聞こえぬよう、イヅナが小さく零す。アリスの成長を目の当たりにし、それを喜んだのだ。
だからこそ、魔人は手を緩める他なかった。
「攻撃が疎かになっているぞ?」
ジェイルが言うも、
「ふん、潮時のようだ」
魔人は、自身の引き際を理解していた。
後方へ跳び、モンスターたちを細切れにしながら去って行ったのだ。まるで、少しでもアリスの成長を遅らせようとするために。
イヅナとジェイルはその背を見送る事しか出来なかった。
二人には、魔人を追うだけの魔力は残されていなかったのだ。
肩で息を切らす二人に、聖女アリスがマナポーションを届ける。
「これを!」
「すまんな」
「助かる」
イヅナとジェイルが魔力を回復し終えると、再びその手に剣を握った。
目の端に迫りくるモンスターの大群が見えたからだ。
「やれやれ、老人に優しくない世界だな……」
「ここからが勝負だ」
未だ止まぬ大暴走。
そこは、矢継ぎ早に現れるモンスターを狩り続ける……魔の地獄。
次回:「◆その720 大暴走9」




