その710 過失
くそ、迂闊だった!
俺はシギュンがいる牢を出た後、すぐにクイン側の牢の前に出た。そこではオルグが驚いた顔を俺に向けていた。
俺の焦りが見えてしまったのだろう。だが、今はそんな事どうでもよかった。
「クイン!」
オリハルコンの牢の中にいるクインの顔。
ニヤリと笑うクインの前に一瞬で移動した俺は、すぐに奴を取り押さえた。
「くっ!」
「こ、これは一体っ!?」
「ミ、ミケラルド様っ?」
オルグの驚く声、そしてクイン付きの牢番の慌てる声。
その声が響く中、俺はクインの魔力を凝視した。
「くそっ! やられた!」
調べると、クインはやはり、以前ファーラが発動していた魔力形状を自身で行使していた。
「ハハハハハ! ざまぁないな、ミケラルド・オード・ミナジリ! これで法王国も終わりだ!」
あざ笑うクインに対し、俺は【催眠スモッグ】を放った。
「ミケラルド殿、これは……!?」
ラティーファの奴……オリハルコンの牢だからと、対策のしていない物理振動と魔力波動を使ってこんな方法に出るとは。
俺の判断が甘かった。魔力波動すら通せないもっと完全な牢を造ればよかった。地下二階だからと、オリハルコンだからと、囚人は一般人レベルにまで魔力を制限されるからと、それだけで安全だと勝手な思い込みをしていた。
「クソッ!!」
俺はオリハルコンの牢に、怒りを体現したかのような拳を向けた。
牢は轟音と共にピシリと罅が入る。
「あ、あぁ……」
腰を抜かしたクイン付きの牢番。
申し訳ないが、今彼に構っている暇はない。
今重要なのは――、
「オルグさん」
「は? ……はっ!」
「大至急クルス殿をここへ」
「し、承知致しました!」
すぐに牢から出て行くオルグ。
本来、法王クルスを【テレパシー】で呼ぶべきなのだろうが、今【テレパシー】を使うべき相手は彼ではない。
『リィたん!』
『っ! どうしたミック!?』
幸いにも、リィたんは俺の声に対し、瞬時に異変を察知してくれた。そのおかげもあってか、俺は冷静にその事実を伝えられた。
『法王国に【大暴走】の兆候あり。すぐにロレッソと連絡をとり、ミナジリの連中を集められるだけ集めておいてくれ』
『っ!? わ、わかった!』
この時、冷静だとは思っていた。
だが、リィたんへの指示が、俺の矛盾を証明してしまったのだ。
「くそ、そうか。最初からロレッソに連絡すべきだった……」
冷静を装いながらも、内心は動揺に溢れている。
だから、これまで一番頼ってきたリィたんにいち早く連絡してしまった。何とも非元首的で、こっぱずかしい話だろう。
後でロレッソに嫌味を言われそうだ。
さて、次は――、
『雷龍、聞こえるか?』
『主よ、ダンジョンはもう攻略したのか?』
『すまん、話は後だ。ミケラルド商店のテレポートポイントからすぐに法王国に来てくれ。大暴走が始まる』
『なっ!? ……わかった、すぐに向かおう』
雷龍は現状、他国に対し、ミナジリ共和国の戦力ではないと明言している。ならば、彼女はすぐに動けるはずだ。次は――!
『アーダイン!』
『ん? どうしたミック』
『外に出ている冒険者をすぐに呼び戻してください! 大暴走が起こる! 出来れば商人ギルドのリルハ殿にも連携を頼みます!』
『ちっ! 何でそんな事に!?』
『理由は後で! 私は木龍たちに連絡をとります!』
『くそ! 何だってんだ!』
あれ程慌てたアーダインの声は初めて聞いたかもしれない。
次は遠方の木龍とテルースだろうか。
『木龍、聞こえるか?』
『そろそろ連絡が来ると思っていたぞ』
『気付いてたのか!?』
『怒るな、私もつい先程気が付いたのだ。ディノ大森林のモンスターが綺麗サッパリいなくなってしまった。……始まったのだな、大暴走が』
『……力を貸して欲しい』
『悪いがそれは無理だ』
……そうだよな。龍族は人間とは馴れ合わない。
どんなに親交を重ねても、超えられない壁がある。
『私はディノ大森林を治める者だ。奴らを引き留めるだけで精一杯だからな』
『っ! そ、それで十分だ! あ、ありがとう!』
『ふっ、礼を言われるような事はしていない。さぁ、と話している場合ではないだろう?』
『あ、あぁ!』
俺は木龍との【テレパシー】を切り、すぐさまテルースに連絡をとった。
『テルースさん!』
『あら、御機嫌ようミケラルドさん』
『間もなく大暴走が――』
『あぁ、それでこのような事に』
『こ、このような事……?』
『私の領域に少々虫が』
『そんなところにまでっ!?』
『なので、ここから西側は防いでおきます』
『……恩に着ます』
『既にお返し出来ない程の恩を頂いてますので。では――』
そう言いながらテルースは交信を切った。
すると、ちょうどいいタイミングで、オルグが法王クルスを連れてきた。アルゴス騎士団長がいるのはありがたい。
「ミック、一体これはどういう事だ!」
「大暴走が起きます」
「何だとっ!?」
瞬く間に顔面蒼白になった法王クルス。
俺は、ラティーファが来た事。クインに命令を出した事。クインがモンスターを呼び寄せる魔力形状を行使した事。それら全てを法王クルスに説明した。
徐々に冷静さを取り戻していった法王クルスだったが、それでも事態がよくなったとはいえない。
「現在ミナジリ共和国の兵力をかき集めています。クルス殿は――」
「――わかっている。文官たちを黙らせなくてはな」
流石、世界一の大国を束ねる長だ。
ミナジリ共和国の兵が法王国に入る理由を用意しなくてはならない。交友こそあれど、両国はまだ同盟関係にはない。
だが、もしかしたら…………いや、今それを考えるべきではない。
「ミックはどうする?」
「聖騎士学校へ」
「っ! ふっ、そうだったな、お前はあそこの特別講師だったな」
「それでは」
「うむ」
さぁ、ここからは時間との勝負だ。
次回:「◆その711 特別講師の生徒たち」




