その703 第四階層
「ふーん、第三階層は最初が最初なだけに、特別なギミックは無し……か」
考えてみれば千メートル以上降下したし、あれを攻略するだけでSSSの証明にはなるな。
だが、やはりこれまでのダンジョンとは違い、後退こそ無理ではないが難しく、一階層ごとの難度も違う。
特に第二階層はどんなに早く駆け抜けたとしても、混戦は間違いないだろう。
オベイル、イヅナ、レミリア、アリス、エメリー、理想はここにグラムスが加わるべきか。いや、だが、今の彼らにはSSダンジョンですら難しいかもしれない。
これは急ぐ必要がありそうだ。
第三階層の転移装置から第四階層へ。
「っ!」
目の前に現れたのは巨大な鏡。
これは水晶か……? 覗き込むと、目の前にいた俺がぐにゃりと動く。
それを見て、俺はすぐに気付いた。
「あーはいはい、よくあるやつだ」
甲高い破裂音と共に巨大な鏡が割れる。
中から現れたのは――どうしようもない程に、俺。
「ドッペルゲンガーってやつか。まずは動きをチェック。うぉ!? さっき覚えたばかりの【空間跳躍】!?」
その後、魔法、固有能力などの発動を見る。
なるほど、上限設定ありの最適化行動だな。
ドッペルゲンガーは、確かに俺の全てを模倣している。しかし、それはSSSという枠内での話だ。
霊龍が課したのは、自分のレプリカの戦闘方法、癖を学ばせるためだ。だから、自分でさえ知らないコンビネーションを繰り出してくる。勉強にはなるが、それ以上に恐ろしい。
この魔力保有量、おそらくパーシバルが一番近いだろう。ドッペルゲンガーはこの魔力容量の中でやり繰りして自分を真似るのだが、たとえばここにアリスがいたとしたら。
アリスの魔力保有量はまだSSの域を出ない。しかし、アリスがここに来た時、アリスが自分自身のドッペルゲンガーと対峙した時、そのドッペルゲンガーはパーシバル並みの魔力を持っている事になる。
つまり、このドッペルゲンガー以上の魔力を保有していなければ、敗色濃厚という事になる。
前提としてSSSを超えていなければならないというのは、ある意味では厄介だが、やはり正解なのだ。
急がば回れ、と霊龍は言っているのかもしれない。
グーパンチでドッペルゲンガーを倒し、その血をペロリ。
……くそ、固有能力は何も得られなかった。
それもそのはずで、コイツが持っていた固有能力は俺がよく使う【チェンジ】だったからだ。超能力の枠組みに入り、更には特殊能力であるチェンジだが、これを固有能力として単体で持ってる相手もいるという事か。
しかし、ここは気になるな。
鏡の奥にあった転移装置は、進む、戻る共に既に起動している。どうやら二階層ごとに脱出の機会があるようだが、俺の気になるところはそこではない。
四階層、余りに簡単過ぎる。
ドッペルゲンガーが一体? 確かに厄介な相手ではあるが、これでは肩透かしといった感じだ。
「ん~……もしかして? 物は試しだ、とりあえずやってみよう」
そう言いながら、俺は分裂体を隣に出現させた。
「おぉ、転移装置の光が消えたっ!」
そして現れるドッペルゲンガーさん。
「なるほど、そういう事ね」
どうやらこの四階層では、パーティメンバーの数に応じてドッペルゲンガーが出現するようだ。
つまり、五人で四階層に来れば、五体のドッペルゲンガーが現れる。そういう事だ。だとすれば、四階層の難度としては妥当といったところだろうか。
「パーティメンバーの最適コンビネーションも学べる訳か。ホント、よく考えますね」
バチコーンとドッペルゲンガーを倒した後、俺は分裂体を身体に戻し、転移装置の前に向かった。
やはり、宝箱が出現しない。このダンジョンではもしかして宝は一つもないんじゃないか?
まぁ、ここまできたらモチベーションとかそういう問題じゃなくなってくるか。ここも霊龍としてはよく考えた結果なのだろう。
だが、俺は国のトップ、元首である。少しでもミナジリ共和国が潤うようなお宝が欲しいところだ。第一階層のボーナスミスリル以外で。
第五階層に下りる前に、もう三体程ドッペルゲンガーさんを出現させ、キュっとした後、アーダインのお土産用に丁寧に梱包した。花柄の布にミスリルの糸で編んだリボンを付けておこう。見目麗しい俺そっくりの死体である。きっと喜んでくれるに違いない。
俺はアーダインの喜ぶ顔を思い浮かべながらふふりと笑い、第五階層へと降りた。
「おぁ」
降りた瞬間、俺は間の抜けた声を出してしまった。
「……リィたん?」
俺の正面には水龍リバアタンがいたのだ。
それだけじゃない。炎龍ロードディザスター、木龍グランドホルツ、雷龍シュガリオン、地龍テルースが皆、龍形態で俺を見据えていたのだ。
「いや、絶対リィたんたちじゃない。これは、龍族のドッペルゲンガーか……!」
鑑定で見ても、中身はやはりドッペルゲンガー。
だが、その戦闘法は龍族依存だろう。
なるほど、面白い事を考える。
奴らの血からは何も得られないだろうが、ここで龍族全員と戦えるのはありがたい。
俺はニヤリと笑い、巨大な咆哮を放つ五色に龍に飛び込んで行ったのだった。
次回:「その704 神話の世界」




