その687 新たなる仲間、シュリ!
「人化など千年以上していないが……」
回復を終え、すっと腰を落とした雷龍が発光する。
龍族の変態はこれまで何度も見ているが、彼女程各地に飛び回る者ならば龍族のままの方が都合がいいのだろう。
一番のメリットは魔力の多寡を理解出来ない弱いモンスターが、襲ってこないというところだろうか。
「あ、ミック! だめー!」
言いながらナタリーが俺の目を塞ぐ。
視界は塞がれようと俺の魔力は彼女の輪郭を捉える事が出来る。
今だってオベイルはすっと目を閉じたし、イヅナとジェイルは雷龍に背を向けた。
アリスなんて、俺を杖で撲殺しそうな勢いで駆けて来る。
それもこれも全部雷龍が全裸なのが悪いのだ。
「なーに堂々と見てるんですか!?」
アリスは俺の胸ぐらを掴み、背を向けさせる。
杖で殴りそうで殴らないあたりが、アリスの優しさを感じるところだ。
「いや、凄いですね、雷龍の身体」
「どうしてそこまで冷静でいられるんですか!?」
「もう……こう、バッキバキでしたね。あそこまで鍛え上げてる人って中々いないですよ」
シックスパックどころかエイトなのかテンなのかわからない腹筋と、筋繊維走る大腿……そして、獅子のようなギラついた貌。
別の世界の四天王とか言われても納得するような風貌である。
「どういう服が似合いますかねぇ。やっぱり革パンツは外せませんよね? あ、これ持っててください」
「何で闇空間の中から女性物の衣服が……」
呆れるアリス。
「いついかなる時に全裸の美少女と出会うかわからないでしょう? あ、これアリスさんに似合いそうなのであげます」
「あ、本当……可愛くて素敵なワンピースですね、コレ」
「お! これなんかよさそうでは?」
「ってそうじゃないですっ!」
言いながらワンピースを投げ捨てないあたり、アリスはアレを気に入ったようだ。
俺は雷様柄のトップスを雷龍に向ける。
黄と黒の縞柄に、首を傾げる雷龍と、すぐにまたナタリーに視界を塞がれる俺。
ぷんすこしているアリスとナタリーが目隠し代わりに壁になり、雷龍のお着替えを手伝っている。
「ふむ、こんなところか」
黒い革パンに雷様……へぇ、トップスを片側の肩だけで留めたのか。これはナタリーのセンスが窺える。
なるほど、中々イイじゃないか。
そんな雷龍は、ナタリーをわけ、アリスをわけ、リィたんをわけ、俺の目の前までやって来る。
そして、拳を前に置き、俺にもそれを求めた。
俺は首を傾げつつも、雷龍の拳に自身の拳を突き合わせた。
「フンッ!」
直後、雷龍の魔力が俺の拳に伝わる。なるほど、これは雷龍なりのテストなのだろう。そう思った俺は、その魔力を押し返すように拳に魔力を込めた。
すると、まるで巨大な風船を割ったかのようなどでかい破裂音が響いたのだ。その音の後、俺は雷龍を見下ろしていた。
眼下には目を丸くし、尻餅を突いた雷龍。
俺もまた目を丸くしながら首を傾げた。
「ふ、ははは……なるほど、我が血を得て、更なる高みへと昇ったか」
雷龍の言葉は、このテストの真意と言えた。
雷龍は俺の魔力がどこまで上がったのか試したのだ。
確かに、俺はリィたんの血を得てから飛躍的に魔力が上がった……と、思う。事実、あれから実力的に苦労した事と言えば、この雷龍を相手にした時か、魔人を相手にした時くらいだ。
そして、俺は雷龍の血を得た。
一瞬驚いてしまったが、確かにこれは凄い。
拳を握り、また開き、自身に眠る魔力を確認するも……なるほど、自分自身でも底が見えないようなそんな感覚に陥る。
光の届かない海の中、上下左右、どこが海面なのかわからなくなるような……そんな感覚だった。
「ミナジリ共和国か……面白い。水龍、案内しろ」
「生意気を言うな、ミナジリ共和国では私が先輩だ。お前はただの一兵卒に過ぎない」
雷龍が一兵卒とかどんな国なの?
「そんな事はどうでもいい。さっさとしろ」
「生意気な後輩だ」
ムキになるリィたんがとても可愛いです。
「ミック、すまないが先に帰ってるぞ」
「へーい」
「あ、私も帰るー。アリスちゃんとエメリーちゃんも寄って行きなよ。後で送るから」
ナタリーが二人に言う。
「やったー!」
「ありがとうございます」
ナタリーはこういう細かいところによく気がつく。
「寄ってくか? 茶なら出すぞ」
「炎龍に聞け、あの子が行くと言うのなら私も行こう」
ジェイルの誘いに、イヅナは炎龍を盾にした。とてもイヅナらしいが、きっと炎龍はミナジリ共和国に来るだろう。
「鬼っ子! お腹が空いたのだ!」
「わかった! わーったから頬をつねるな!」
ここらで一番近い飯屋はウチだからな。というか、さっきサンドウィッチ食べてただろうに。
次々とミナジリ共和国へ転移して行く中、この場に残ったのは俺、木龍、そしてテルースだけとなった。
「ミック、話がある」
俺の前にやって来た木龍の神妙な面持ち。
きっとこれから霊龍とか雷龍に関するとても重要な話でもされるのだろう。
俺はゴクリと喉を鳴らし、真剣な顔つきでそれに応えた。
「何でしょう?」
「何故だ?」
「は?」
「何故、私たちに茶の誘いがない?」
真剣とは何なのか、それを真剣に考えるミケラルド君だった。
次回:「その688 五色の龍、ミナジリへ」




