その686 ボーナスタイム
皆に向かってVサインを送った後、俺は、その指先を尖らせた。
それを見た木龍が一瞬ピクリと反応するも、すんと鼻息を吐いた後、冷静に戻ってくれたようだった。
俺は静かに雷龍シュガリオンに近付き、その首元に爪を置いた。
「もう気がついているでしょう?」
言うと、雷龍シュガリオンの目がパチリと開く。
「そうだな。……が、身体がピクリとも動かない。見事という他ないな」
「生殺与奪の権利は私にあるという事で?」
「……不本意ながらな」
「では、失敬」
俺は自身の爪を雷龍シュガリオンの前脚に突き立て、そこから流れる紅い滴をペロリと舐める。それを見た剣鬼オベイルがリィたんに聞く。
「ありゃ一体何やってるんだ?」
そう、ここにいる者の中で、俺の能力を知っているのは、ミナジリのオリジナルメンバーと木龍、そして霊龍から俺の能力について聞いた雷龍シュガリオンだけだろう。
リィたんがオベイルに言う。
「ミックは、対象の血を体内に入れる事で、その対象の力を得、操る事が出来る」
「「っ!?」」
俺が皆の目の前で血を舐めた事で、リィたんは俺に確認をとる必要はないと判断したのだろう。事実、俺もそのつもりだったので、最早、俺とつうかあの仲と言えるだろう。
「まさかボンにそんな能力があったとはな。いや、だからこそのこの急成長……と言える訳か。なるほど、それで私の血を……」
「何だよ爺、ミックに血吸われてたのか?」
「操られた事はないがな」
「だが、これで闇ギルドが早々に崩壊した謎が解けたぜ」
剣神イヅナとオベイルの二人は概ね問題なさそうだが、さて、勇者と聖女側はどうだろうか。
「ミ、ミケラルドさんっ! 私の血は吸ってないですよね!? 吸われてませんよねっ!?」
自身の顔や身体をペタペタと触り、過去血を吸われたかを思いだそうとしているアリスちゃん。
アリスの血を吸ったらナタリーに怒られそうで、吸いたくないんだよな。まぁ、一番はアリスの血自体怖いんだよな。血液に【聖加護】とかかかってそうで。もし、舐めた瞬間に蒸発したらと考えると本当に怖い。
そんな中、勇者エメリーが俺に近付いて来た。
「およ?」
俺の目の前でちょこんと腰を落としたエメリーが言う。
「魔王と同じ能力――【血の連鎖】……ですね?」
「博識ですね。誰ですか、そんな危なっかしい事をエメリーさんに教えたのは?」
「聖騎士学校で仲の良い吸血鬼の特別講師の方が教えてくれました」
くすりと笑ったエメリーを見て、雷龍シュガリオンが俺に言った。
「あれだけの実力を持っていながら、勇者の前では形無しだな」
「あれだけの実力を持っていながら、霊龍には大人しく従うんですね?」
そう言うと、ふんすと鼻息を吐いた雷龍シュガリオンがジト目を向ける。
「お前はまだアレの恐ろしさを知らんのだ。だからそんな軽口が叩ける」
「どうでした、霊龍は? 私たちにちょっかい出した後、一戦やったんでしょう?」
「……そこまで見通していたか。ならば先に聞かせろ」
「何を?」
「先程のあのアーティファクト、あれは一体何だ?」
雷龍シュガリオンが聞くと、エメリーが手を挙げた。
「はい! 私も気になります! 継続的に魔力を回復させる珍しくもないアーティファクトでしたけど、あの容量は異常でしたっ!」
「ん~…………ノーコメントという事で」
「全てを言わぬつもりか」
雷龍シュガリオンのギロリという強い視線を受けようとも、今の俺が答える訳にはいかないのだ。
「少々危険でしてね、身内にすら明かせぬ……そうですね、【外法】といったところでしょうか」
「外法……?」
「褒められた作り方じゃないので、そういうようにしました。魔族の目や耳がどこにあるかもわからないご時世なので、今は私だけに留めさせて頂きます」
そう言ったところで、ナタリーを肩車したリィたんがやって来た。
「それは寂しいものだな」
「ははは、何でも気軽に言える世の中ならいいんだけどね」
「いや、ミックはちゃんと考えて、そこまでは言ってくれるじゃないか。だから私も信ずる事が出来るのだ」
リィたんがそう言うと、雷龍シュガリオンを見た。
「どうだ雷龍? 我が主は凄いだろう?」
「本日付で我が主とも言えるが?」
「ふん、変な意地が出なければそうなる事もなかったのだ」
「かもしれないな」
「さぁナタリー、早速こやつに名前を付けてやれ。『雷龍シュガリオン』など、長ったらしくて仕方がない」
すると、ナタリーが雷龍シュガリオンを指差し言う。
「【シュリ】!」
「……ほぉ」
なるほど、雷龍か。
長すぎず安直すぎず、雷龍シュガリオンの機嫌も損ねない。
ナタリーのネーミングセンスも、板についてきたのかもしれない。
「ふむ、雷龍……か」
もう気に入っているようだ。
がしかし、気になる事がある。
俺はリィたんに耳打ちするように聞く。
「やっぱり雷龍も人化すると女性に?」
「何だ、ミックは知らなかったのか。龍族は皆、女だ」
「それって何か理由があるの?」
「前にミックが欲しがってただろう?」
「何を?」
「龍族の鱗や牙、そして何が欲しいと言っていた?」
「……卵の殻」
「そう、卵を生むためには皆、女である必要があるという事だ」
目から鱗というか、卵の殻というか……。
だが、雷龍の人化は見てみたいかもしれない。
次回:「その687 新たなる仲間、シュリ!」




