◆その668 オリハルコンズ式脱出げえむ2
2021/10/3 本日一話目の投稿です。ご注意ください。
ゲラルド・カエサル・リプトゥアの前には、巨大な建造物があった。普段は聖騎士学校の広大とも言える広場。しかし、今はその広場を全てを埋めるような土塊の建物。
オリハルコンズが聖騎士学校の生徒たちに向けて演じる指定任務。
最初に呼ばれたのはゲラルドだった。
昨日までは影も形もなかった建物を見た後、ゲラルドは隣でニコニコと微笑むミケラルドを見た。
「よく眠れましたか?」
「……はい」
何気ないミケラルドの質問だが、ゲラルドの表情は固いままだった。
「それは何よりです。時間制限は一時間。任務失敗またはクリア出来た場合は、講義室で自習をしていてください。他の方に内容を共有されないような対策だとでも思ってください」
「わかりました」
「仮想ダンジョンからの脱出が目的です。あ、ご自分の命を持ち帰る事を忘れずに」
コクリと頷いたゲラルド。
すると、ミケラルドは土の建造物に触れ、そこに大きな穴を開けた。中は暗く、外側からは何も見えなかった。
「【歪曲の変化】……」
「全ては中に入ってのお楽しみですよ」
ニコリと笑ったミケラルドを前に、ゲラルドは拳を強く握った。決意を固めたゲラルドが中へ入る。
「なっ!?」
土の建造物に入った瞬間、ゲラルドはいきなり胸ぐらを掴まれたのだ。ゲラルドはSS相当の実力者。しかし、そのゲラルドでさえも外せぬ膂力。
その顔を見てゲラルドが青ざめる。
「ふふふ、ようやく来たな。ゲラルド」
黒いジャケットに黒いシャツ、赤いネクタイを締め、黒いパンツルック。そして、ニヤリと笑う口元と、黒いサングラス。
見慣れぬ様相ながら、その人物がわからないゲラルドではなかった。
「リィたん……!?」
胸ぐらを掴まれ、片腕で軽々と持ち上げられるゲラルド。
(一体どういう事だ!?)
暴れるゲラルドを前に、リィたんが手元にある紙を読む。
「へへへ、たいしたことないじつりょくだったな。ぶきはぼっしゅうだ。いいからだしてるからいいねだんでうれるだろうな。しばらくここでおとなしくしてな」
抑揚のない言葉でリィたんはそう言い、ゲラルドの武器を取り上げた。そしてゲラルドを放り投げたのだ。
「くっ?」
直後、ガチャリと閉められる扉。
その時、ゲラルドは初めてここが牢屋だという事に気付いたのだ。去って行くリィたんの実力は抑えられているものの、武器のないゲラルドでは太刀打ち出来る相手ではなかった。
「……なるほど」
武器を取り上げられ、牢屋からのスタート。
そう理解したゲラルドは早速周囲を見渡した。
積み上げられた藁、小汚いベッド。端にはトイレもあった。
(鉄格子は……硬い。ミスリルか。素手ではどうしようもない。だとすれば――)
ゲラルドはまず、ベッドを持ち上げようとした。
「んなっ?」
しかし、ベッドは持ち上がらなかった。
その足を見ると、完全に床に固定されていたのだ。
(大きな音は目立つ。破壊は不可能か……下には何もないようだが……いや?)
ゲラルドが次に視線を移したのは、積み上げられた藁だった。藁をかき分けてみると、その奥には大きな亀裂の入った壁があった。
「……なるほど」
拳でコツコツと壁を叩いてみると、今にも壊れそうな壁であるという事はわかった。しかし、ゲラルドはそれを壊そうとしなかった。
(これを壊せばおそらくそこでゲームは終了だろう)
そう、問題は壁を壊す時に発生する大きな音。これを聞きつけて盗賊に扮したオリハルコンズが集まって来るのは明白だった。
(……ここで大きくふるいにかけるつもりか。だが、別の出口はどこだ? あの性格の悪い講師の事だ……)
視線をずらした先にある端のトイレ。
ゲラルドはトイレの中を覗き込む。
「……正規組にこれをやらせるつもりか」
トイレの中は、案の定ふきぬけで、それをどかせば下へ通じる穴になっていた。見れば、トイレはあからさまに固定が強固だった。
(見た事のない固定具だ。頭が六角の杭……? ならば、牢屋のどこかにこの固定具を外す道具があるはず。そしてあのあの性格の悪い講師ならば……!)
再び視線を戻す藁の山。ゲラルドが次に探したのはその下部だった。そこにあったのは……トイレの固定具を外すスパナだった。
(藁奥の壁の亀裂に注意を向けさせ、出口はそこにしかないと思わせる視点誘導、貴族が覗き込まない場所に出口を置き、その固定具は藁の下に隠す。牢屋を抜け出すだけで五分……いや、人によっては二十分は要するだろう。しかし、下位の実力の者でも攻略出来るようになっている。なるほど、これが脱出ゲームか。おそらく、鉄格子から声を出せばオリハルコンズの牢番がやって来るのだろうが、そうなればトイレからの脱出が困難となる。牢番を呼んだが最後、正面突破を余儀なくされるという事か……面白い)
トイレの固定具を外し、トイレを横にずらすと、ゲラルドの体躯でも通り抜けられるような穴が見つかる。
ゲラルドはその穴に顔を通し、下の階を覗く。
そこにはラッツがいた。右を見、左を見、前に進む。部屋の中を規則的な動きで回る事から死角に跳び下りる事は可能。そう判断したゲラルドは跳び下りるとすぐにラッツの死角の壁に隠れたのだった。
次回:「◆その669 オリハルコンズ式脱出げえむ3」




