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半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~  作者: 壱弐参
第三部

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その657 一師二弟3

「けほっ……けほ……けほ……や、やあ二人共……元気かな……はは」


 薄幸の美少女メイクをしたプリシラが、わざとらしい演技で迎えたのは彼女のたった二人の弟子――リルハとヒルダである。

 プリシラの咳なんて今日初めて聞いたし、熱っぽく頬や首筋に見える汗は……うわぁ、アレ水魔法だな?

 残りの人生が短いというのに、その生命線とも言える魔力をこんな自己演出に使うなんて……なるほど、賢者である。

 儚げチックな微笑みで二人を迎えたプリシラに対し、何故かリルハは闇魔法を発動しながらプリシラに近付いた。


「おやおやおやおや~? 師匠、お元気そうで」


 あれは闇魔法【闇空間】であり、その中から取り出したのは、何の変哲もない手拭(てぬぐ)いだった。

 リルハはその手拭いを水魔法で湿らせながらプリシラに近付いて行く。


「や、それはなんだい? ちょ、ちょっと、ちょっとちょっとリルハ? リルハさんっ?」


 プリシラに肉薄するリルハがほんのり蒸気を発した手拭いを……――、


「わぷっ!?」


 プリシラの顔にぶっかけた。すごい、顔中手拭い塗れである。どこかの床屋か美容室か。()(かく)、あれでは数字(、、)は取れないと思う。編集でカットされるだろうし、ファンも掴めない。もしかしたら笑いはとれるかもしれない。


「もがもがもが!?」


 そんな手拭いで、ごっしごしとプリシラの顔を擦るリルハさん。


「我々を待たせてわざわざ病みメイクとは、いや流石は賢者様、我らが師匠であらせられる」


 現代で言う病みメイクと、こちらの病みメイクは絶対に意味が違うと思う。いや、もしかしたら一部では合ってるのかもしれないけどな。

 しかし、流石はリルハである。転移早々にプリシラがふざけている事を見抜いてしまった。俺が三十七分もかけて頑張ったプリシラのメイクも、今やぐちゃぐちゃである。

 化粧が落ち、黒い涙を垂らしたプリシラが手拭いの海から息を吹き返す。


「ぷわ!? もごごごごっ!?」


 そしてまた潜っていく。

 彼女は今はどのあたりだろう? 深淵かな? 地獄の三丁目あたりだろうか? 往復切符はあるのだろうか? 心配だな。

 そんな二人を微笑ましく見ているのがヒルダである。

 どこか懐かしそうである。きっと修行を共にしていた時代はこんなやり取りが何度もあったのだろう。


「ぶわぁ!? キ、キミィ! ちょっとはたしゅけ――もが!? たしゅ! たしゅけたらどうなんらい!?」


 手拭いに溺れている人を初めて見たかもしれない。


「師匠、お久しぶりです。ヒルダです。ふふふ」


 溺れてる人を懐かしそうに笑って見る人間も初めて見た。


「や! やぁヒルダ!? もがご!? ぷぉ!?」

「はい、とても綺麗になりましたわ」


 確かにメイクはとれた。

 普通は濡らした手拭い如きじゃあんなに綺麗に落ちないのだが、リルハの事だ。特殊な生活魔法でも使ったのだろう。

 リルハの手拭い地獄から解放された、アホ毛MAXのプリシラ。そんな彼女が不服そうに俺を見る。


「バレちゃったじゃないかっ」


 ぷりぷりプリシラは、何故メイクで顔色を誤魔化したのがバレたのか気になっているようだ。まったく、それくらいの謎は賢者の守備範囲内だろうに。


「見舞いに来るようなパーソナルスペースでバレないと思ったんですか? 間近で見たら、頬をこけさせてるメイクだってすぐにわかるじゃないですか」

「くっ! 盲点だった……!」


 と、手で顔を覆ったのは一瞬。

 すぐに俺を恨めしそうな目で見たプリシラ。


「教えてくれてもよかったのにっ」

「ちゃんと言ったじゃないですか」

「言ってない」

「『その性格であの二人に甘えられると思ってるなら、賢者の称号を返上した方がいいですよ』って」

「わぁ!? な、何て事言うんだキミはぁ!?」


 顔を真っ赤にしたわたわたと手を動かす。

 そこで微笑むのがヒルダであり、ほくそ笑むのがリルハである。


「「師匠、そうならばそうと仰ってくれればよろしいのに」」


 意味は違うんだろうけど、これが同音異義語っていうのかもしれない。いや、自分でも何言ってるのかわからねぇな。

 当然の事ながら、率直に喜びを声にのせてるのがヒルダで、率直に悦びを声にのせてるのがリルハである。

 なるほどね、リルハに甘えられるのは到底無理な話だったのだ。

 俺が苦笑すると、リルハとヒルダが俺に目礼して見せた。

 彼女たちは、師には取り繕わず、俺にだけ取り繕ったのだ。

 たとえ師匠が病床の身であろうとも、いつもの自分たちを見せたいというところか。プリシラ自身もそうだったし、ここは師弟そっくりというか、師の教えをしっかり学んでいる証拠だろう。

 そんな中、俺がいるのは野暮というものだろう。


「では、【テレフォン】をここに置いて行くので、何かご入用の時はお呼びください」

「いいのか?」


 リルハが聞く。


「本日は客人(ゲスト)より優秀なアシスタント役を仰せつかっておりますので」


 わざとらしく貴族風の挨拶をかましたところで、リルハの鋭い視線がプリシラに向く。と同時に、プリシラの視線がリルハから遠のく。まるで磁石反発するかのような動きである。

 くすりと笑って扉をパタンと閉めた俺は、その後、扉を貫く大声に耳を塞いだのだった。


『師匠! 一国の元首を顎で使う意味を知らない訳ではないでしょう! 特に相手はあのミケラルド・オード・ミナジリですよ!? 彼は絶対にやらないでしょうが、師の弟子である私に経済戦争を仕掛ける事だって出来るんですよ!?』


 塞いだのだが――、


『でも――』

『――絶対にやらないからといって打算で動かないでください! こういうのは何事も契約が大事なんですよ! そもそも何でミナジリ共和国なんですか!? 法王国に来ればよかったじゃないですかっ!』

『けど――』

『――けどもへったくれもありません! ヒルダ、たまにはあなたも師匠に言うべきです!』

『師匠、ヒルダです』

『やぁヒルダ』


 いつの間にか聞き耳を立てていたミケラルド君だった。

次回:「その658 ナタリーからの挑戦状」

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