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半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~  作者: 壱弐参
第三部

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その656 一師二弟2

 室内に入ると、爽やかな表情を作り終えたであろうプリシラがニコリと笑って俺を迎えた。おそらく、プリシラの年齢は百をゆうに超えている。いや、もしかしたら二百に近いのかもしれない。あの笑顔の奥にはどれだけの苦しみがあるのだろう。

 長年生き、経験して培ったあの仮面を剥がす事は……おそらく俺には出来ないのだろう。

 ならば、彼女の生きざまに付き合うのがこの場での道理であり、道化というものである。

 きっと、俺とプリシラは似た者同士なのだ。

 だって俺と会うやいなやニタリと下卑た笑いを浮かべたのだから。プリシラさん、入室した時の素敵な笑顔は一体どこへ?


「やぁ、あなたがダイモンだね?」


 俺の後ろに控えるダイモンを見て、プリシラが言った。


「へ、へい。ウチの娘がお世話になっておりやす」


 まるでその筋の人が行うような中腰の挨拶である。

 くすりと笑うプリシラが言う。


「何を言う。世話をしてもらってるのはこちらの方だ。ミナジリ邸の指導もいいのだろうが、この()の根本を育てたのはあなただ。素晴らしい父親のようだね」


 確かに、ダイモンは娘の事を思って食物を盗んだ軽犯罪によって奴隷におちた。しかし、それが悪かと言われれば俺にはそれを肯定する事は出来ない。事実、ダイモンは非常に忠実で優秀な人材である。以前、ダイモンにそれを悪だと断じた時もあったが、その時も言ったように職がない事も悪である。

 この難しい世の中でコリンがこれだけになるまで成長したのは、コリンは勿論、ダイモンが父親として頑張ったからだろう。


「い、いえ……ははは」

「来て早々悪いんだが、私はこのイケメン君と話がある。出来れば席を外してくれると助かる。無論、コリンと一緒にね」

「へい。それでは……」


 ダイモンは俺に目をやり目礼した後、コリンと共に深々と頭を下げて部屋を出て行く。扉が閉まった後、俺はプリシラに言った。


「お優しいですね」

「だろう? コリンの目が真っ赤だったからね。今日はダイモン(かれ)と一緒のがコリンにとって……いや、二人にとって都合がいいだろう?」

「流石は賢者様」

「それに、今日の私には優秀なアシスタントが付いている」

「ここには私しかいないようですが?」

「おや? 美少女のお世話をするのがそんなに嫌かい?」

「そんな笑みを浮かべなければ、ね」


 俺は、プリシラのそれはもうあくどい顔を見ながらそう言った。


「ふむ、そこの手鏡を取ってくれたまえ。イケメン君」

「はいはい」


 やれやれと溜め息を吐きつつ、ベッドの横にあるナイトチェストの上にある手鏡をとって見せた。

 その中に映る自分を見て、プリシラは渋い顔を浮かべる。


「うーん、ちょっと元気そうだよね?」

「どういう意味で?」

「客観的に見て、肌艶がいいとは思わないかい?」

「まぁ、病床の身、という割にはツヤツヤしてますね。その身体維持の魔力のおかげもあるでしょうけど」

「だろう? だとすると、これからやって来るリルハとヒルダがチヤホヤしてくれないと思わないかい?」

「あの二人がやって来る時点で結構優遇されてると思いますけど」

「それは師匠の基本特典だよキミィ?」

「つまり、もっと甘やかされたいと?」

「ヒルダはいつも優しいが、リルハに甘えられる機会なんて一生に一度だよっ」


 言い切ったプリシラに、俺は呆れた顔を向けた。


「その『一度』が今だと?」

「残り十日もないんだ、勝ち取った方だと思わないかい?」


 確かに、物凄い確率を勝ち取ったとも言える。


「……はぁ、で? どうしたいと?」

「女の武器といえば?」

「……うーん、メイク……ですかね?」

「だろう? ならばやっぱりメイクで騙さないと」


 それからというもの、俺はメイク道具を用い、プリシラの顔を…………お絵描きしたのだ。


「そうだ、もっと厚くひろげるんだ!」


 メイクとはこういうものなのか?


「塗れ! もっと塗りたくるんだっ!」


 そう不安に思う事もあった。


「ん~! わかってないなキミ! 頬はもっとこけてるように見せなくちゃ!」


 だけど、俺はプリシラのメイクアップアーティストとして安心した。


「違う! 違うんだよ! 私の唇を奪うようにもっと顔を覗き込むんだよぉ! あ、やっぱいい! 近い近いっ! なななな何をやってるんだキミは!? わ、私の唇でも奪うつもりかいっ!?」


 これはメイクアップではなく、ただの茶番なのだ。

 俺の不安は正しいのだ。初心忘れるべからず。

 俺もまた賢者への道を歩き始めたのかもしれない。

 だがしかし、これは道化の道化による道化のための物語。

 今現在、この部屋には道化しかいないのだ。


「あ、いい冷や汗ですね。そのままそのまま♪」

「た、たかが四歳のくせに生意気だよっ!」

「眉は少し垂れさせておきましょうか?」

「私は賢者様だぞ! (こうべ)を垂れたまえっ!」

「ではこちらは元首様です。眉を垂れなさい。あぁ、いいですね。拾って来た子犬か子猫か子賢者か。まぁ全部似たようなものですね」

「後でリルハとヒルダが来た時に吠え面かくんじゃないよっ?」

「では先にワンワンキャンキャンと吠えておきましょう」

「くっ! それは中々に良いじゃないかっ! 私の背徳感をくすぐるじゃないか! さぁ、お姉さんを前にもっと吠えてごらんっ!」

「変な事コリンに教えてないでしょうね?」

「教えられてないからこんなにも溜まっているんじゃないかっ!」

「その性格であの二人に甘えられると思ってるなら、賢者の称号を返上した方がいいですよ……はい、出来ましたよ」


 手鏡を覗き込むプリシラが、鏡に映る自分を見て恍惚とした表情をした。


「ふふふふ……正に薄幸(はっこう)の美少女っ!」

「幸せそうに言いますねぇ……」


 呆れた俺は、約束の時間が近くなったので、プリシラの部屋に、法王国の商人ギルドマスター室と繋がるテレポートポイントを設置するのだった。

 はてさて、あの二人の反応やいかに。

次回:「その657 一師二弟3」

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