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半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~  作者: 壱弐参
第三部

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657/917

その654 プリシラの近況

 リルハとヒルダの視線がとても鋭い。

 しかし、その視線をコリンに向けた途端、それは霧散する。


「……何ともやりにくい相手を連れて来たものだよ」


 俺を見る時のリルハはとても強い目を向けるのに、コリンには柔和である。

 一応確認しておこう。

 俺は自分を指差し、


「四歳」


 コリンを差し、


「八歳」


 そう言った後、尋ねるように二人に首を傾げる俺。


「それがどうした?」


 おやおや?

 リルハから返ってきた答えは、俺の期待する答えではなかった。


「前世の記憶があるのだろう。ならミケラルド殿は既におっさんと呼べる年齢と言える」


 ちっ、何も言い返せない。


「コホン。さて、コリン君。師匠の事を聞かせてくれ」

「は、はいっ。プリシラ様は五か月くらい前に、ミケラルド様が住むミナジリの御屋敷にやって来ました。とても親切丁寧で、笑顔が素敵な御方でした。子供の私にも優しくて、面白い話を沢山聞かせてくれました」


 コリンがハキハキと喋ったのはそこまでだった。

 コリンは、スカートを両手でぐっと掴んだ後、俺がこれまで目を逸らしていた話をしてくれた。


「……御屋敷にいらっしゃった数時間後、プリシラ様は『疲れた』と仰ってお休みになりました。夕方になった頃……プリシラ様は目を覚ましました。顔中汗まみれで、どこか苦しそうで、辛そうで……それでも私に笑いかけてくださいました」


 コリンが俯く。

 リルハとヒルダは一度俺に視線を向けた。

 そして、俺は一度だけ頷いて応えた。

 ――――最後まで聞いてやってくれ、と。

 それを受け取ってくれたのか、二人はまたコリンに視線を戻した。


「……お願いをされました」

「何と?」


 リルハが聞く。


「『足を揉んで欲しい』。プリシラ様は私にそう仰いました」

「足……?」

「私は頑張ってプリシラ様の足を揉みました。でも、すぐにプリシラ様は()めるよう仰ったのです。痛かったのかなと思って、すぐに謝りました。でも、そうじゃありませんでした。プリシラ様は悲しそうで、とても残念そうな顔をして一言呟くように仰いました。『もうダメか』と……」

「「っ!?」」

「……その日から今まで……プリシラ様の足が動く事はありませんでした……」

「コリン……」


 震えるコリンの肩に、ダイモンがそっと手を載せた。

 しかし、コリンはすぐにそれを払いのけた。


「っ!」


 コリンは父ダイモンが大好きである。しかし、それでも払いのけたのだ。それはまるで、『私の仕事はまだ残っているから』と訴えるような態度だった。

 だから、ダイモンもぐっとこらえて、コリンと同じように拳を握りしめたのだ。


「プリシラ様は……とてもお元気です。足が動かない事を除けば、いつも笑顔で、いつも楽しそうで、いつも面白かったです。まるで私に気を遣っているかのように……。だけど、私はそれを受け入れる事しか出来ませんでした。私に心配を掛けないようにふるまってるプリシラ様を受け入れる事しか……」


 目に雫を溜め、零しては溜めるコリンの表情は、俺の心を強く締め付けた。


「…………プリシラ様は、日に日に食欲がなくなっていきました。最初の内は食べ切っていたお皿が、半分になり、また半分になり……へへ、最近では、育ち盛りだからってふざけて私に食べさせようとするんです。食べられない理由を、すっごく難しい言葉を使って……長く、とても長く説明されます。それで私が首を傾げると、プリシラ様は笑って仰います。『日々精進だよ、コリン君』って……」

「……ははは、師匠らしいな」

「……そうですね」


 リルハが乾いた笑いを浮かべた後、ヒルダが懐かしそうに零す。


「リルハ様、ヒルダ様のお話も沢山しました。『リルハがいつも私を馬鹿にするんだ! 何でアイツ私の弟子をしてるんだっ!? 少しはヒルダを見習って欲しい』とか、『ヒルダの膝枕は最高だっ! リルハは絶対にしてくれない! この疑問を書き連ねていたら一冊の本になってしまったよ』とか……ホント、お二人の事を沢山教えてくれました」


 嬉しそうに、悲しそうに話すコリンが袖口で涙を拭う。


「……ひと月前の事です。プリシラ様が喉を押さえて顔を歪めてました。私はすぐに駆け寄り、その理由を聞きました。でも、理由を教えてくれませんでした。教えられなかったから……」

「……声を失ったか」


 リルハの指摘にコリンは小さく頷く。


「でも、すぐに声は出るようになりました。聞いてみたらプリシラ様は『なるほど、ここに魔力を集めれば喋れるようになるのか。また一つ賢くなったよ』って笑って教えてくれました。ほんの少し前まで苦しそうだったのに……。今では……今では、プリシラ様はスプーン一杯の食事しかとっていません。私とお喋りする時間も減りました。ただ窓から外を眺める事が多くなって……でも……」


 ちらりと俺を見るコリン。

 そうか、俺と会う時は想像出来ない程の無理をしているようだ。シュバイツ(シュッツ)に采配を任せたとはいえ、これは辛いところだ。


「お兄ちゃん……」


 この場にそぐわない言い方だった。

 しかし、ここがコリンの限界だったようだ。


「プリシラ様……ほ、ほんとうに……死んじゃうの……?」


 嗚咽に塗れ、涙に塗れ、悲しみに塗れながら零した絞り出すような声は、ただただこの部屋の響くばかりだった。

次回:「その655 一師二弟」

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