その652 胃痛
2021/9/19 本日二話目の投稿です。ご注意ください。
ナタリーの絶叫を体現したかのようなあの表情は、中々見られるものではない。皆の笑い声と共に会議は終わり、俺は数日前にとった約束のため、法王国にやって来ていた。
俺の肩に乗るのは、我が家の伸び盛りのお手伝い。
「わぁー、人がいっぱいだねぇ!」
「だろう? ミナジリ共和国もこれくらい成長して欲しいもんだよ」
「ミケラルドお兄ちゃんなら出来るよ!」
「おーそうか。コリンも手伝ってくれるかー?」
「がんばりまーす!」
俺が肩車をしているのが可愛い可愛いコリンで、俺の口車に乗って付いて来たのが、元奴隷でコリンの父親のダイモンである。
「だ、旦那ぁ、コリンを連れてくから一緒に付いて来てくれって……まさか法王国だとは思わないじゃないですかっ!」
「シュバイツに休みをもらってるから大丈夫だって」
「そ、そういう問題じゃないんですがねぇ……」
キョロキョロとする父親を見、俺に笑いかけたコリン。確かに、風貌こそしっかりしているが、あの動きは完全にお上りさんである。
「用事が終わったら二人で観光して来なよ。帰りはエメラ商会から帰れるし」
「いいんですかねぇ……」
「大丈夫大丈夫っ! コリンなら乗り切れるって!」
「その言い方、めちゃくちゃ怖いんすけど……」
そう、今日の主役はコリンなのだ。
向かう先はそう、商人ギルドである。
事前に話を通しておいただけに、副ギルドマスターのペインに迎えられ、俺はギルドマスターの部屋の前までやってきた。
「コリン、後で呼ぶからちょっと待っててくれるか?」
「はーい!」
手を挙げ、快活な返事をするコリン……と、そんな娘の声にビクつくダイモン。彼はきっと、今は亡き奥さんに尻を敷かれていたのだろう。
「リルハ様、ミケラルド様にございます」
『通せ』
ペインが扉を開け、俺は部屋の中に入る。
待っていたのは、白き魔女の二つ名を持つ商人ギルドのギルドマスター――リルハ。そして、その妹弟子である魔皇ヒルダだった。
この二人の前に俺が足を運ぶ理由。コリンを連れて来た理由。それは勿論、彼女たちの師に理由がある。
「久しぶりだな、ミケラルド殿。何の歓待も出来ないが、まぁ掛けてくれ」
商人ギルドのギルドマスターが正面にいる圧力。
考えて見ればドマークやバルトの比ではない。リルハは名実共に揃ったやり手。それも商人としての実力以上に、彼女は冒険者ランクSSS相当の使い手。
以前、法王クルスに聞いたが、彼女は昔、法王クルスとアーダインと共にパーティを組んでいたというから驚きだ。まぁ、同時に納得もしたけどな。
ソファに腰を下ろした俺の正面に、リルハとヒルダが腰を下ろす。
商談の部屋だけあって、既にここには防音の魔法が掛けられている。意外な事に、話を切り出したのは、俺ではなくリルハだった。
「我々をここへ呼んだという事は、師匠に会ったという事だな?」
二人の接点を考えれば当然か。
俺が双黒の賢者プリシラを探して頼ったのはこの二人だしな。
「おかげさまで」
「それで、師匠から言伝でも?」
「いえ、特に」
そう言うと、二人は見合ってからくすりと笑った。
そしてヒルダが嬉しそうに言ったのだ。
「ふふふ、でしょうね。あの方はそういう方ですから」
え、この嬉しそうな笑顔の後に俺が「お宅の師匠はもう長くありません」って言うの? 拷問か何か?
ぎこちない笑みしか返せない俺を誰が怒れよう。ナタリーだって怒れないぞ、こんな案件。
「今回は私の独断でやって参りました。まぁ、プリシラさんに許可はもらいましたけど……」
「ふむ、聞こうじゃないか」
リルハが言うと、俺は…………口籠もった。
「………………ふむ、聞こうじゃないか」
NPCのようにリピートされてしまった。
どうしよう、何て言おう?
「コホン!」
「ひっ!」
さっきのダイモン以上に俺は変な顔をしていたに違いない。
「聞こうじゃ、ないか?」
「ちょっと待ってください。深呼吸を……」
俺が言うと、二人は訝しんだ表情でまた見合った。
仕方ない、外堀から埋めていこう。ヒルダの笑顔がなければストレートに言う覚悟だったのに……!
「……実は、プリシラさんとはかなり前にお会いする事が出来ました」
「何?」
「そうですね、お二人にご相談してからひと月もしない内にお会い出来たかと」
「半年近く前じゃないか。何故今頃……いや、言わなくていい。師匠が原因だ」
流石リルハである、プリシラの事をよくわかっていらっしゃる。
「そう、プリシラさんから口止めされていました」
そう言うと、ヒルダが言った。
「今回ここへ来たという事は、何らかの変化があったと?」
頷く俺。
「実は、プリシラさんの意向もあり、現在プリシラさんをミナジリ共和国でお預かりしています」
「まぁ」
「師匠が? 何故?」
「出来れば、お二人にミナジリ共和国へ足を運んで頂きたく思いまして」
リルハの目が鋭くなる。「何故?」と聞き、俺が答えなかったからだろう。しかし、彼女も大人である。
「……無論、我々の師だ。二人で時間を見つけて会いに行こうじゃないか」
「いえ、出来るだけ早くいらして欲しいのです。今日とかいかがですかね?」
そう聞くと、何故か二人から魔力の当たりが強くなったそうな。
はぁ……胃痛で病みそう。
次回:「その653 親子」




