その642 トップ会談3
「【聖域】が……ダンジョン……?」
ディーンの言葉は、その事実を否定しているかのようだった。そんなはずがない。あるはずがない。と、目でそう言っているのだ。
「ディーン殿の反応から察するに、また、アイリス殿が過去療養なさっていた場所だけに、魔族襲来時にシェルフの皆さんが退避した場所だけに、【聖域】とは安全な場所だという印象を抱きます。だからこそ信じられないのは理解しています。しかし、龍族の頂点――霊龍はSSダンジョンを踏破した者に【聖域】へ向かえと言っているのです」
「「……霊龍?」」
三人……いや、ネムを含む四人がその名に疑問を持つ。
何故、そこに龍族が出てくるのか、という疑問を。
「これは一部の者しか知らない事実ですが、ダンジョンは霊龍が創造したモノです」
「「っ!?」」
ネムが目を丸くしながら俺に向く。
「聞いてないですぅ!?」と言いたげな目だ。
「聞いてないですぅ!?」
言ってきたわ。
「霊龍は冒険者を叩くためにダンジョンを創り、来る魔王襲来に備えさせています。これは木龍……木龍グランドホルツに言質をとったので間違いありません」
「……父上」
「ふむ……」
髭を揉みながらローディ族長が唸る。
そして、チラリとネムを見てから言ったのだ。
「なるほど、だからこそ冒険者ギルド……という事なのでしょうな」
言うと、アイリスが小首を傾げる。
「それは一体……?」
すると、ディーンがローディ族長の代わりに答える。
「古来より、ダンジョンが発見されれば冒険者ギルドへの報告が絶対だからだ。ギルドが管理する事によって実力不足の冒険者……その死者数が減るというデータが実際冒険者ギルドから発表されている」
そこまでディーンが言うと、アイリスはネムに言った。それはやはり、語気が強いと言わざるを得なかった。
「ですが、ダンジョンはまだ発見されていないはずです」
そう、まだ発見されていない。
しかし、ローディ族長はその先を理解していた。
「SSS冒険者であるミケラルド・オード・ミナジリが、【聖域】にダンジョンがある可能性を冒険者ギルドに持ち帰った。この事実が重要なのだ」
「お義父さま……?」
「で、ありましょう?」
ローディ族長はそう言いながらネムを見た。
ネムはその強い視線を受け、一度俺を見た。俺がコクリと頷くと、ネムはテーブルに載った自身の拳をキュッと握ってから言った。
「これだけの情報があれば、冒険者ギルドは……その名の下に【聖域】への強制調査権を得ます」
「「っ!?」」
ローディ族長は流石に知っていたか。
しかし、ディーンとアイリスの驚きは……今日一番ですね。先程のようにバンと立ち上がり感情のままに言う。
「そんな馬鹿な事が許されるはずがないでしょう!」
「あんまりですわ!」
立ち上がるディーンとアイリス。
「落ち着きなさい」
ローディ族長がそう言うも、ディーンの激しい感情を止める事は出来なかった。
「ですが父上、これは国際的な脅迫行為ですっ!」
「黙れと言っている」
「父上!」
「黙らんかっ!!」
あんなに温厚なローディ族長が怒った。まぁ、この場合は若い息子を叱ったとも取れるか。
ところでネムさん、いくらこの場が怖いからって俺の袖口を掴まないでもらえます?
「座りなさい」
「…………失礼致しました」
ディーンが座り、遅れてアイリスが着席すると、ローディ族長はすんと息を吸って言った。
「だからこその交渉の場なのでしょう? 強制的に調査出来るのにもかかわらず我々を通す。やはりミケラルド殿は優秀です」
「私として、冒険者ギルドとして、そしてシェルフとしての落とし所を探しにやって来ている……と言えば、通りもいいでしょうか」
「ぁ」
俺は、ネムが掴む袖口を引き剥がし、その背をポンと叩く。ほら、ネムの番だぞ、と。
「わぁ!? え、えっと……総括ギルドマスター、アーダインからの言葉をそのまま伝えます」
「聞きましょう」
アーダインから預かったであろう手紙を開くネム。
「『我々冒険者ギルドは【聖域】への強制調査権を有している。しかし、そこの吸血鬼は、絶対にそれを行使しないようにと私を止めた』」
「「っ!?」」
バッと俺を見るディーンとアイリス。
どうも、ええカッコしぃなミケラルド君です。
というのは半分冗談で、これを冒険者ギルドがやってしまうと、軋轢しか生まないからである。
冒険者ギルドは絶対中立。しかし、調査権を行使すると、シェルフはその冒険者ギルドを敵とみなすだろう。
そうなってはまた逆戻りしてしまうのだ。俺が苦労して苦労して苦労して苦労しまくったエルフの社会的地位向上。あれ以前の時代に。
そんな事は霊龍が許しても俺が許さない。激おこミック丸である。
「『当然、我々としてもシェルフの意見は尊重したい。だがこれだけは言っておく。もしSSSダンジョンを経ずに勇者エメリーと聖女アリスが魔王に立ち向かった時、世界の滅亡は免れようもない事実であると』」
「「っ!!」」
「『冒険者ギルドとしては、たとえダンジョンが見つかったとしても【聖域】の管理はこれまで通りシェルフで構わない。そして調査は、冒険者ギルドが最も信頼するSSS冒険者ミケラルド・オード・ミナジリただ一人に依頼した。無理難題はそこにいる冒険者に突き付ければいい。ソイツは世界を救うためには力を惜しまない。それは、ローディ族長、ディーン殿、アイリス殿以上に、シェルフの民たちがよく知っているんじゃないか? 世界一の武力国家ミナジリ共和国。そこの魔族の元首がこれだけの譲歩と根回しと配慮をしたんだ。その交渉のテーブルにおいて、それだけは頭に入れておいて欲しいところだ』……以上が、アーダインからの正式な見解です」
上げたり下げたり、アーダインという巨人は、やはり絶対中立組織の親分なんだなと実感するような内容だった。
とはいえ、この手紙の効果がなかったと言えば嘘になる……か。
次回:「その644 トップ会談4」




