その63 流通の独占
2019/6/4 本日二話目の更新なので、ご注意くださいませ。
固有能力【交渉】の発動。
普段買い物する時にも使っているが、ディックに使う回数は多いなホント。
まぁ、相手はギルドマスターだし仕方ないか。
「……聞こうじゃないか」
ディックはネムの方を向き、一度だけ頷いた。
このアイコンタクトは、おそらくネムの判断能力に頼っている? もしかしてネムにはそういう特殊能力があるのかもしれないな。
「まず、先程の件ですが、こちらとしては悪く考えていません」
「というと?」
「冒険者ギルドが、冒険者から【聖薬草】五枚を金貨三十枚、【聖水】二リットルを金貨二十枚で買い取る事。これを前提に話を進めさせて頂きます」
ネムの緊張が、強く握る拳から見てとれる。
ディックの目も真剣そのものだ。
「冒険者ギルドの手数料は二割。【聖薬草】五枚の買い取りを金貨三十枚で行うという事は、依頼主からは金貨三十六枚を徴収している。これに間違いはないですね?」
ネムが静かに頷く。
「その依頼主の固定化が条件です」
「む?」
「そ、それって、どういう事でしょうか……?」
「簡単な話です。依頼主は私だけ。他の依頼主からの依頼は、全て断ってください」
「「なっ!?」」
当然、驚くよな。
「そんな事をしたら暴動が起きます!」
「ところが、それは起きません」
「ど、どうしてですか!」
「依頼した【聖薬草】や【聖水】はこの店で売るからですよ。【聖薬草】五枚、金貨四十枚で」
「へ?」
「ん~? そうしたらミケラルドの儲けは【聖薬草】五枚につき、金貨四枚だけになっちまうぞ? だってミケラルドが依頼して冒険者ギルドに金貨三十六枚を収めるんだろ?」
「問題ありませんよ。顧客は商人も多い。冒険者ギルドで冒険者が持ってきた【聖薬草】や【聖水】なんてすぐに在庫が尽きます。だから、私自身もダンジョンに行きます。儲けはそこから捻出しますよ。人手さえ用意出来ればマッキリーにも店を出すので、シェンドの町に来ないと手に入らない……なんて事にもならない。私としては、少しでもダンジョンに潜る時間が減るので、そう悪い事ではありません。冒険者ギルドと対立する事もありませんからねっ」
俺はネムを見てそう言うと、ネムは恥ずかしそうに顔をそらした。
「……むぅ、つまり以降の依頼主には、こう言えという事か。『【聖薬草】や【聖水】が欲しければミケラルド商店で買え』と」
「そういう事です♪」
俺がディックに同意すると、ディックは何とも言えないような顔でネムを見る。
「確かに、両者に悪い点はないと思います。一つだけ、依頼主が金貨四枚分損をしてしまいますけど……」
「何言ってるんだよ、ネム。こっちだって相手の事情は考慮するさ。商人や儲けに利用しようとする人間には適正価格で売るけど、本当に困っている人には、こっちから値下げを申し出るさ」
「っ!? ま、まさか!?」
「そ、こういうのは規約で凝り固まった冒険者ギルドには出来ない事だろう? 【聖薬草】は重傷を負った人間に、【聖水】は夜間の旅を守る重要な道具だ。中には当然、『高すぎて買えない』って人もいるはずなんだよ。冒険者ギルドには、出来ればそっちの斡旋をお願いしたいなーと思ってるんだけど?」
俺の流し目に、ネムの顔がぱあっと明るくなり、ディックは呆れ顔で俺を見る。
「……ミケラルド、お前、まさか最初からこれが狙いだったのか?」
「はははは、何言ってるんですか。そんな訳ないでしょう。これはついでですよ♪」
わざとらしくしたウィンクに、ディックは失笑する。
「くくくく……まっ、そういう事にしておいてやるよ。ったく、あくどい慈善家もいたもんだな」
「お金があるところからは取る。商人として当然です」
「わかったよ。オーケーだ。それで手打ちだ!」
ディックが良い笑顔を俺に向け、右手を差し出した。
俺はそれに応じ、ディックと固い握手をかわす。
「よろしくね、ネム?」
「はい! 宜しくお願いします!」
ネムは嬉しそうに、俺の右手を両手で握り返した。
面白い握手もあったもんだ。いや、そもそもこれは握手なのか?
そう思いながら、俺は次なる一手の事も考えていた。
◇◆◇ ◆◇◆
「商人ギルドに?」
「えぇ、エメラさん。最近マッキリーの町にばっかり行ってましたけど、行く時間が全て夜中だったもんで、商人ギルドが閉まってたんですよ」
「冒険者ギルドと違ってあそこは二十四時間営業じゃありませんからね」
「なので、ギルドカードの更新をしてきます。多分、結構ランクが上がってると思うので」
「うふふふ、取り扱い商品が増えるのはとても良い事ですね♪」
ナタリーの母親でありクロードの妻であるエメラさんは、既に店番が板に付いていると断言出来る。美人だから客も寄り付くし、その捌き方も知っているから非常に素晴らしい人材だと言えよう。
商店を出すと、当然、強盗なんかもいるらしいが今のところそういった事件は起きていない。というか、そういった危険性も考慮してるからこそ、冒険者ギルドの正面という立地なんだけどな。こんなところで強盗をしようなんて人間は、まずいないと思う。まぁ、断言出来ないのが、この世界の怖いところでもあるんだけどな。
さて、冒険者ギルドとの密約という名の商談もまとまった事だし、陽が高い内に、マッキリーの町に向かうかな。
正直、自分でもどれだけ稼いだかわからないが、毎日のエメラの笑顔を見るに、相当稼いだのだろう。
はてさて、俺の商人ランクはどれだけ上がっている事やら。




