その62 視察という名の威圧
我が店の看板商品が決まってから数日。
俺の店の長蛇の列は消え、適度にお客の入る店として稼働していた。
そんなミケラルド商店二号店に、珍客ともよべる男が来店した。
「どういう事なのか説明してもらおうか、ミケラルド?」
「あ、ディックさん。いらっしゃいませー」
そう、リーガル国のギルドマスター、ディックの来店だ。
彼には先日痛い目を見てもらったが、今回はそうもいかないという様子で、やや目付きが鋭い。
ランクS冒険者だったディックがいるだけで、外にはギャラリーが出来ている。
その中には、ギルド員のネムの姿も見えた。
おそらく、ここまでの案内を頼まれたんだろうな。冒険者ギルドの目の前にある店だというのに、ホント、お偉いさん方の感覚はよくわからん。
「いらっしゃいませではない! 先のアレはなんだ!?」
「アレって何の事です?」
「とぼけるな! 【骨】はともかく、【聖薬草】と【聖水】の独占の件だ!」
「独占なんてしてませんよ?」
「ランクAだからといってやって良い事と悪い事があるだろう!」
「やだなディックさん。悪い事してたら俺は今頃捕まってますって。それに、俺なりに筋は通したと思いますよ?」
「た、確かにあの整理券なるモノがなければ事はもっと大きくなっていた。しかし、そういう話をしてるんじゃない!」
まぁ、ここで引いてくれると思う程、俺も馬鹿じゃない。
「はぁ、それなら話を聞きますんで、奥へどうぞ。ここだと営業妨害ですよ。えーぎょーぼーがいっ」
「ぬ、それは……その、すまん」
根は悪い人間じゃないんだけど、激情家だなぁ。
まぁ、俺が悪いんだけどな。それくらい自覚はある。
しかし、こういう強引な手も時には必要になる。
魔族が人間界で生きていくためだ。ここは割り切らせてもらう。
「エメラさん、悪いけどちょっと席外すね」
「は~い♪」
倉庫の一角に造った別室。つまり応接室。そこに案内する途中、ディックの後ろをネムがトコトコと付いて来た。入場を許可した覚えはないが、事務的なところはネムの仕事だろうし仕方ないか。
倉庫に入った途端、ネムが持っていた書類をばさりと落とす。
ディックですら開いた口に自覚がないようだ。
「す、凄い……」
「何だ……これは……?」
「見てわかりません? 【聖水】と【聖薬草】ですよ」
「そういう事じゃない! 何だこの量は!? まるで飼い葉かのように積み上げられた【聖薬草】の数! 縦横無尽に置かれた【聖水】! ミケラルド! お前一体何をした!?」
「えー、ディックさんもこれくらい稼いだ事あるでしょう?」
俺が聞き返すと、ディックは言葉を失ってしまったようだ。
代わりにネムが俺に聞く。
「まさか、これを全部ミケラルドさんが……!?」
「そっ。ダンジョンには……えーっと九百回くらい潜ったかな?」
「きゅうひゃ……いえ! そんなの無理です! いくらランクAの冒険者だからといって、そんなの! じょ、常軌を逸しています!」
「まぁまぁ、本題はそれじゃないんでしょう? まずはこっちに」
応接室に案内し、中にある調度品にもネムは心を奪われたようだ。
「わ、わぁ……」
「まるで、貴族でも招き入れられるような部屋だな」
「まぁ、この部屋は流石にお金掛けましたからね」
煌びやかな装飾が施された壁面。ふかふかの本革のソファ。大理石を加工した床面。薔薇色の絨毯に、金装飾が施されたテーブル。シックな雰囲気に仕上げた応接室は、俺とエメラの共同作業により完成したものだ。
まぁ、サマリア侯爵とも仲良くなったのだ。彼が来たとしても迎えられる状態にしておきたいのは、当たり前の感情だろう。
「お掛けください」
「う、うむ……」
「し、失礼します……!」
ディックは驚き、ネムは部屋の雰囲気の呑まれているようだ。
「それじゃあ、話を伺いましょう」
俺がそう切り出したところで、ディックがようやく驚きから戻って来た。
「はぁ~……」
深い溜め息の後、額を抱えながら俺をじとりと見るディック。
「お前なりにリスクを負ってやっているって事はわかった」
流石にあの倉庫を見ればわかるか。
冒険者は自由なのだ。ダンジョンに潜る回数なんて、誰にも止められる訳でもない。
回数を重ねれば重ねる程、それは死ぬ確率も高くなるという事。
自己責任であれだけの報酬を得ているのだ。これを商売にしてはいけないというのは、それこそ独占というものだ。
「だが、それでは冒険者ギルドも割りを食う。今日は両者の事について話に来た」
やはり、ギャラリーの前でのあの怒りは芝居か。
まぁ、あれで収まるのであればディックとしても良かったんだろうけどな。
実は、冒険者ギルドがこう出てくるという事は、前もって予想していた事だ。流石に冒険者ギルドに喧嘩を吹っ掛けておいて、何もないとは思っていない。
だから、俺は事前に作戦を練っておいた。
「そちらの条件を聞きましょう」
「こちらからの条件は一つ。商品価格の固定だ。こちらは冒険者から【聖薬草】五枚を金貨三十枚、【聖水】二リットルを金貨二十枚で買い取りたい。だからそちらは販売価格をもう少し上げてくれないか?」
「いやいや、流石にそれは横暴でしょう。こちらに何のメリットもない」
「そうでもないはずです」
ネムがここで口を挟んだか。
なるほど、ネムはこういう時のための存在という事か。
「販売価格を上げる事で冒険者ギルドとの対立はなくなりますし、客単価も上がります。決してミケラルドさんに損はありませんよ」
「確かにそう聞こえる。しかし、それはやはり冒険者ギルドの言い分です。こちらは冒険者ギルドと対立しても、何の損害もありません」
「「っ!?」」
まぁ、これは言い過ぎだが、これくらい言っておかないと、この巨大企業を突き崩せない。
ここが出し時だろうな。
俺は笑顔を作り、固有能力である【交渉】を発動した。
「実は、こちらから一つ案があります」




