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半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~  作者: 壱弐参
第二部

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629/917

◆その626 若き日の思い出4

 クルスが正面にやって来ると同時、アイビスは目が覚めたようにシャキッと背筋(せすじ)を伸ばした。


「お、お初にお目にかかります。アイビスと申しますっ」


(この方がクルス王子……凄い。本当に王子様だ。というか睫毛長い。何で冒険者やってるのにこんなに肌綺麗なの? 私なんて……)

「噂以上に面白そうな聖女だな」

「へ? わ、私、今何か粗相を……?」

「いや、気にしないでくれ。クルスだ」


 差し出された右手。アイビスはそれを取り、握手に応じる。

 ひんやりとした美しく滑らかな手。アイビスは、女として、彼が冒険者だとは思えなかった。というより思いたくなかった。


「先程、ヒルダから話は聞いた。過酷な帰路だったようだな」

「あ、はい。クルス王子とヒルダさんは仲がよろしいようで」

「何、ウチにはリルハがいるからな。その縁もあって話す機会が多く、多ければそれだけ仲も深まる。【聖なる翼】の活躍は、今や法王国だけではなく世界中の希望だ。君たちが何を感じ、何を成し、何を成そうとするのか興味に絶えない。特に聖女である貴女(あなた)の動向はね」

「わ、私の動向……ですか?」


 アイビスは自身を指差し疑問を顔に浮かべた。

 すると、クルスはバルコニーへ視線をやって言った。


「ふむ、あちらへ行こうか」


 アイビスは思慮深い人間である。

 クルスがアイビスに声を掛けたのには理由がある。決して好意からではないと理解していた。だからこそ、クルスの誘いには興味があったのだ。

 クルスの後ろに付き、月明かりの下、バルコニーにやって来た二人の頬を風が撫でる。

 クルスは柵に肘を置き、アイビスをじっと見た。


「先の件。恥ずかしい話だが、貴族というのは女を道具として見る嫌いがある」

「それは……存じております」

「聖女ともなれば格好の的。先程もイヅナ殿が目を光らせていなければ、多くの貴族が貴女の下へ殺到しただろう」

「あ、あははは。イヅナさんはヒルダさんに言われて護衛を買って出てくれたんですよ」

「そのヒルダ殿には私が進言した、と言ったら?」

「それは…………興味深いですね」


 驚く訳でもなく、疑う訳でもなく、アイビスはクルスの発言に好奇心で応えた。これを受け、クルスは逆に目を丸くして驚いたのだ。


「ふ、ふふふ……貴女は政治向きな聖女のようだ」

「そ、そうでしょうか?」

「私の根回しに興味を持ったのだ。法王国の二大パーティ。聞こえはいいが、ライバルとも言えるパーティリーダーの進言。大抵の人間は疑問に思い、警戒するものだ」

「確かにそうかもしれません」

「そんな顔で興味を持たれたら、答えを濁すという選択は難しいな」

「濁すおつもりだったのでしょうか?」


 キョトンと首を傾げるアイビス。


「いや、無論答えよう。ただ、腹芸が通じない相手は怖いというだけだ」


 クルスがそう言うと、アイビスはハッとした様子で言った。


「あ」

「何か気付いたかな」

「だからイヅナさんはあんなに簡単に引いたんですね」

「そう、彼にはヒルダ殿を通し、事前に私が貴女と話したい旨を伝えていたのだ」

「でも何でそんな事を……?」

「貴女に警告するためだよ」

「それは……先程の貴族の件でしょうか?」

「そう。今回二大パーティを招集した理由は父から説明のあった通りだ」

「えっと……諸国からの通達で、法王国周辺に強いモンスターが向かった形跡があるため、その防衛手段として私たちをしばらく警戒に当たらせたい……でしたよね」

「あれはな、法王国(ウチ)の貴族が他国の貴族に金を流し、ありもしない、しかしありそうな噂を流したに過ぎない」


 それを聞き、アイビスは漏れそうな声を抑えるように口を塞ぐ。


「父もな、気付いてはいる。しかし、大貴族の発言を無下には出来ない。だからこそ私がここへ来たのだ」

「っ! もしかして本来は私たちだけがここへ……?」

「その通りだ。貴族たちは勇者レックスではなく、聖女アイビスをここへ呼ぶために煙のような噂を流布した。多少強いモンスターが現れようとも、今のレックスであれば難敵となるモンスターはいないだろう。【キングリベリオン】まで呼ぶ必要がない」

「……だけどクルス王子はここへ来た。私に警告するために」

「ホーリーキャッスルのどこにも貴族の耳がある。父が動く事は出来ない。ならば冒険者となった私が自由の名の下にここへ貴女を連れて来る。今日この場をおいて、二人きりで貴女と話す機会はそうそうないだろう」

「……凄い」

「本来、(まつりごと)の世界など関わるものではない。濁り切った空気に身を投じ、まともでいられる訳がない。……と、これは愚痴のようなものだ。気にしないでくれ」


 自嘲したクルスに、アイビスは微笑んで応えた。


「……ふ、正に聖女だな。その微笑みを脅かすように、今後しばらくは貴族からのアプローチがあるだろう。金、権力、見目麗しい男。彼らは何を使ってでも貴女を自分たちの子息との縁談に持っていくだろう」

「うわぁ……」

「はははは、大変だろうがそれも聖女の務めだ。しばらくは我慢して欲しい」


 クルスがそう言うと、アイビスは首を傾げて聞く。


「……ん? しばらく?」

「私はね、この腐り切った(まつりごと)の世界を消すために動いているんだ」


 それは、クルスの確固たる決意だった。

次回:「◆その627 若き日の思い出5」

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