その618 クマの場合6
※2021/8/10 本日二話目の投稿です。ご注意ください。
◇◆◇ マックスの場合 ◆◇◆
ミックの登場によって固まってしまった三人。
だから俺がミックに言った。言うしかなかった。
「おいミック、シェルフとの会談はどうしたんだよ」
「終わって暇だったから来たんだよ」
「元首は大変らしいな。帰ってゆっくり休んでくれ」
「そんなんではぐらかされるか!」
「あ、そうだ。近所に美味そうな茶屋が出来たんだ。一緒に呑みに行かないか?」
「知ってるよ、そこのスポンサーだからな!」
「ミックも四歳かー。大人しくはぐらかされてやるのも子供であり大人だぞ」
「どっちなんだよ!」
「まぁ、ここまで言ったんだから言いたくないって事くらいはわかるだろ。だから聞かないでくれたんだろ?」
「っ!」
俺がそう言うと、ミックは言葉を詰まらせた。
そうなんだ。ミックは陛下たちが来るのに気付いていた。
だからこそ、俺たちの話を聞く事が出来た。ミックの不思議な能力を使うもよし、大使館に直接侵入する事も出来た。だが、ミックはそれをせず、正攻法で俺たちに詰め寄った。聞ける自信があった訳じゃないだろう。
だから、このミックはいつものミックなのだ。
「…………まったく、こんな事なら【超聴覚】でも使えばよかったよ」
ブツブツ愚痴のように零すミックに、俺はニカリと笑って言った。
「安心しろ、やましい話じゃない」
「この三人が揃ってやましい話じゃないってのは不思議な話だな」
ジト目を向けるミック。
俺は、陛下に対し振り返り……さて、この時、俺は陛下にどんな顔をしていたのだろう。三人は少し驚いたような顔をしていたから、きっと変な顔をしていたに違いない。
そして俺はミックに向き直り、今度はニヤリと笑って言った。言ってやった。
「数字の話だ」
「「あっ!」」
それは、後方の三人から聞こえた驚きの声だった。
いや、もしかしたら制止の意味も込められていたのかもしれない。
その三人の顔を見て、ミックは理解した。俺が本当の事を言ったのだと。
そして俺を顔を見て、ミックは顔を顰めたのだ。
「うわぁ……」
「おい! 何だよその顔!」
「いや、それ言っちゃう普通?」
「やましくないだろう!」
「この三人が動いて数字の話だって言ったら、物凄くやましいわ!」
「このお三方が動いて数字以外の話だった方がやましいだろう! むしろ数字の話に決まってるじゃねぇか!」
「くっ! その通りかもしれない!」
俺はミックの肩をぐわっと腕を回し、諭すように言った。
「いいかミック。俺はエメラさんとお金が大好きなんだよ」
言った言葉はたったそれだけ。
しかし、それだけでミックは気付いた。
そしてミックは陛下をちらりと見、俺を見た。
声を落とし、あからさまな密談を始めたのだ。
「クマをミナジリに留めるような交渉をしてきたって事かよっ?」
「ソンナコトハイッテナイゾ。アトクマジャナイゾ」
「そう言ったようなものだよっ」
「だって給料が今の五倍だぞっ。いいじゃねぇか夢見たってっ」
「シェンドはどうしたシェンドはっ」
「この話を聞いた時な、俺は思ったんだ」
「遠い目すんなよ」
「『あれ? 俺の友人に転移魔法を使えるヤツがいるじゃん』ってな」
「すっげぇ皮算用だなっ。何だよ、シェンドにいつでも戻れるような転移魔法よこせって事じゃないか」
「冒険者ギルドのニコルさんが確かそんな事をしてたような気がしてな」
「……詳しいじゃん」
「たまにネムちゃんが大使館の門に遊びに来るんだよ」
「事案じゃん」
「んなこたねぇよっ。まぁ、給料が五倍、エメラさんといつでも会える、シェンドにもいつでも帰れるなら、ミナジリに留まるのも悪くないと思ってな。というか一石三鳥じゃん」
「一鳥が俺頼りなんだよなぁ……」
「お前がシェンドに遊びに来るより楽じゃねぇか」
「そりゃそうだけど、何でブライアン殿がお前を引き留めるんだよ」
問題はここ。
しかし、ここだけは譲れないのだ。
「そりゃお前、俺とミックが仲がいいからだろう」
「……ってそれだけかよっ」
俺はその後、からかうような顔つきでミックに言った。
「あれー? ミックともあろう人がこんな事もわからないの?」
「いやわかるしっ。リーガル国のクマとして残し、俺と友好を深める。たとえ個人間の仲だとしても、そこにどうしても国籍は含まれる。割とまともな外交手段だよ」
「な? 数字の話だろ?」
「くそ、何か含みあるな、その胡散臭い笑み。逆に親近感湧くわ……」
呆れた目をしながらも、ミックは溜め息を吐いた。
「……わかったよ、騙されてやる」
流石、一代どころか一年で、このミナジリ共和国を大国にまで押し上げた男だ。流石としか言いようがない。俺がこれだけ主題を伏せようとも、そこに気付いている。流石としか言いようがない。
だから、俺もこの男のように首を傾げながら言ってやった。
「はて?」
「……愛嬌皆無だし、全然似てねーよ……」
「ははははは! 俺のオリジナルだしな!」
そう言ったところで、ミックはまた大きな溜め息を吐いた。
この密談により、ミックはこれ以上の言葉を呑んでくれた。
本当の事を言いつつ真実を話さない。これを陛下たちがやる訳にはいかなかった。それくらいは俺にもわかる。だから、それが出来るのはこの場で俺しかいなかったのだ。陛下たちもそれを理解していたようだった。
三人が最後に送ってくれた謝意の籠ったアイコンタクトは、俺の中で大きな誇りである。その後、三人は、タダで返す訳にもいかないという事でミックがミナジリ邸へと連れて行った。
◇◆◇ ◆◇◆
俺は再び門番に戻り、その日の夕方になったところで交代勤務の者と代わった。その仕事終わりを狙い定めたかのようにどこかの国の元首が現れたのだ。
「近所に美味そうな茶屋が出来らしいぞ」
「知ってるよ、俺の友人がスポンサーだからな」
「さ、洗いざらい吐いてもらおうか」
「あ、てめ! 諦めてねぇな!?」
「はははは、嘘だよ嘘。あ、ところであの三人さ」
「あん?」
「何でマックスの事ずっとクマックスって呼んでたんだ?」
「それは今日の勤務中ずっと考えてた」
「あん?」
「お前が……お前が所かまわず『クマクマ』言ってるからだろうってな!! てめぇ! おいこら逃げるな!」
はてさて、他国の元首に襲い掛かろうとしている俺を見たら、あのお三方はどう思われるのだろう。
茶屋で酒を呑みながらミックとその話で盛り上がった。
――もしかしたら俺に斬首刑が下るかもしれない。
――いやいやそんな事はないよ。
――何でだ?
――数字の話だよ。
――なるほどな。
不思議な事に、友人が元首ともなると、友情にも数字が含まれるようだ。
こんなくだらない話で、俺たちは数字のない友情を深めているのかもしれない。と、感慨深い言葉を俺が吐いたところで、ミックは乾いた笑いを浮かべた。
めっちゃ口論になった。
やかまし過ぎて茶屋は出入り禁止になった。
スポンサーなのに、と、いじけてるミックを指差して笑っていたら口論になった。
近所迷惑過ぎてジェイル殿率いる警備隊に連れて行かれた。
元首なのに、と、いじけてるミックを指差して笑っていたら口論になった。
そんな、そんな長い一日だった。
次回:「◆その619 二強」




