◆その591 精神操作の極意
「「……っ!?」」
ホーリーキャッスルの地下二階。
そこが罪人を捕える地下牢である。
そこには騎士団長アルゴスと、ライゼン学校長。更には総括ギルドマスターのアーダインがいた。
しかし、オルグとシギュンは三人の存在に驚いた訳ではない。
その地下牢自体に驚いたのだ。
見る人が見れば、そこは宝の部屋。
しかし見る人が見れば、爛々と輝く地獄の牢。
一面に広がる青白い発光。壁も継ぎ目も檻すらも六面全てがオリハルコン。
法王クルスの決意がそこにあった。
(何……これは……!?)
シギュンは牢を見て牢だと理解出来なかったのには理由がある。
そこは牢というより、箱に近かった。
寝台やトイレこそあるものの、その全てがオリハルコン。そこまではよかった。
罪人が入るべく檻の扉がないのだ。
そこには入口も出口もなかった。そこはまるでショーケース。半透明なオリハルコンが中の商品を引き立たせるような展示スペース。
ここに来る前、シギュンはオルグに小声でこう言った。
――いい事? ここで逃げる事は不可能だから夜遅く、出来るだけ早く牢の鍵を開けに来なさい。
それは、シギュンが脱出する最後の望み。
現にオルグもそう動く可能性が高かった。
しかし、蓋を開けてみれば、牢という箱にはその蓋がなかった。
「観てたぞ。おかげで明日からの激務が想像に難くない」
やれやれと肩を竦めるアーダイン。
「はっはっは、あの時の決断は間違っていなかったな」
ミケラルドの提案を即決即断したライゼン学校長が、顎を揉みながら笑みを見せる。
「問題はこの後……ですな」
アルゴス団長がこの先訪れるであろう事務処理に頭を抱える。
皆、オルグ、シギュンの事には目も向けず。まるで、その二人の事は全て片付いたかのように言った。そう、二人の目の前で。
三人は微笑むミケラルドを横切り、階段の方へ向かった。
地上と繋ぐ唯一の逃げ道を塞いだだけ。そうとも見えるが、その実、三人はミケラルド探偵事務所の活躍を、最後まで見届けたいだけであった。
「よいっしょ」
ミケラルドのその何気ない声に、シギュンがバッと振り返る。
遅れてオルグが向くと、そこにはクインを下ろしたミケラルドがいた。
しかしそこは――蓋の中だったのだ。
蓋の中でクインの甲冑を外し、部位毎に闇魔法【闇空間】の中へ放り込んでいるミケラルド。
「いやぁ……まさかこんなカタチで女性の衣服を剥くとは思いませんでしたよ。うっわ、すんごい筋肉してますね。まるでアーダインさんみたいですよ。あ、大丈夫です。紳士なので目は瞑ってますし? 絶対に局所に触れないという契約書をナタリーと結んで来ましたから。後はこの特注の囚人服を……よし!」
ブツブツと独り言と言い訳を零すミケラルドが気絶した非武装のクインに囚人服を着せると……――、
「「っ!?」」
瞬時にオルグとシギュンの前まで戻って来たのだ。
二人は神聖騎士。ミケラルドの動きは辛うじて肉眼で捉える事が出来た。当然、それはミケラルドの配慮あっての事だ。
「あれれー? もしかして見えちゃいました? ん~、秘密にしておいたんですけどね。まぁいいです。便利ですよね、【透過】能力」
それを見たアーダインが零す。
「……ったく、あんなのどうやって侵入防ぐんだよ」
「まぁまぁ、ミケラルド殿が進んで【鍵】を買って出てくれたのですから」
アルゴスが言うと、その言葉を拾ったシギュンが息を呑んだ。
(鍵……?)
その間、【闇空間】を発動し、中を漁っていたミケラルド。
「お、あったあった。シギュンさんは……あぁよかった。この特注のSサイズでちょうどよさそうですね」
簡素な一枚布。
首だけ通し、腰は紐で結ぶ貫頭衣。
胸元には日本語で「しぎゅん」。そんな特製の囚人服。
「これ、私の故郷の文字でシギュンって書かれてるんですよ」
ミケラルドを睨むシギュンが、ありったけの理性と震える声で絞り出した言葉は――、
「……嘘ね」
「まぁ、そうとも言います」
日本語のひらがなとカタカナの違いはわからなかったが、自身が最大級の侮辱を受けている事だけは理解出来たシギュン。
ミケラルドは微笑みながらシギュンの肩を抱く。
それに反応するオルグだったが、ミケラルドの神速とも言える動きが彼を止めた。
「「なっ!?」」
気付けば、シギュンはミケラルドと共に牢の中にいた。
そこでシギュンは気付く。アルゴスの言っていた【鍵】の意味を。
(そうか……この牢は……!)
そう、この特製の牢屋は、ミケラルドにしか入れず、出られない絶対なる檻。どんな事があろうとも罪人を逃がさないという法王クルスとミケラルドが出した檻なのだ。
「はーいシギュンたーん、お着替えしまちょーねー」
「や、やめ――」
「――ほいほいほいほい」
シギュンの制止など聞く耳持たないテキパキとした動き。
目にも止まらぬ早替え。
目を点にしたシギュンの耳元で、ミケラルドが小さく零す。
「とても、よく、お似合いです、シギュンさん」
顔と目を真っ赤にさせたシギュンがせめてもの反撃として蹴りを繰り出すも、ミケラルドに当たるはずもなかった。
そして、更に声を落とし、牢内にしか届かぬ声で言った。
「オルグさんに期待しているようですけど、無駄ですよ」
目を三日月状に細め、怪しい笑みを浮かべるミケラルド。
この時、シギュンは知った。世界で一番性格の悪い存在が誰なのかを。
「精神操作の極意を……シギュンさん、貴女だけ特別に見せてあげます♪」
次回:「◆その592 死苦折衷」
次回タイトルの死苦折衷は造語なので、あまり気にしないでください。




