◆その586 第一回定例広報会見2
(ミケラルド・オード・ミナジリ……! やってくれる!)
シギュンが小さく震え、深い憎悪を心に宿す。
(私が後手に回るとは思いもしなかったけれど、このままでは形勢が不利)
「シギュン殿、何か問題でも?」
「いえ、私の手元にある資料に不備があったようで、確認のため一度席を外させ――――」
「「――――おぉ!」」
そんなシギュンの発言は、ジャーナリストたちの声によって阻まれた。
しかし、彼らが向ける視線の先はシギュンではなく、出入り口側。
そんな視線を追い、シギュンが出入り口を見る。
そこに立っていたのは――、
「法王陛下!」
「法王陛下だ!」
ざわつく室内。
登場した法王クルスは小さく手を挙げそれを沈めた。
「はははは、順調に進んでいるようだな。法王国の新たな試みだ、気になって来てしまったのだ。何、私に構わず続けてくれたまえ。ん? どうしたシギュン、資料に何かあるのかね? 安心したまえ、私とアイビスがチェックしている。不備などあろうはずもないからな、ははははは!」
快活に笑う法王クルス。
しかし、シギュンにはそれがわざとらしく見えて仕方なかった。
(出口を……塞がれた……!)
それは、決して物理的な逃げ道の話ではなかった。
この広報会見場から決してシギュンとクインを逃がさぬという、法王クルスの鋼の意思によって、そして、その陰に見え隠れする吸血鬼元首によって、シギュンの活路を塞いだのだ。
「さぁシギュン、続きを」
「……はい。次に三ページ目ですが、こちらには捕縛した闇人たちの人相が描かれています。騎士団の調書によれば、闇人たちは自身の所属を認め、過去の犯罪を告白――」
資料を読み上げながら、シギュンの手が震える。
(そんなはずがない。失われし位階がそんな事を話すはずがない。何故、失われし位階が私の命に背きアジトに……?)
募る疑問が晴れる事はない。
「――以上が、現在公開出来る闇ギルドの情報です」
シギュンの言葉を聞き終えたジャーナリストが、再び手を挙げる。
「どうぞ」
「アジトの調査を騎士団が担っているとの事ですが、聖騎士団はこれに?」
「いえ、騎士団主導で行っている任務です。我々は関与しておりません……」
尻すぼみになったシギュンの返答。
(そう、これもおかしい。本来であれば聖騎士団にも任務が回ってくるはず。何故全てアルゴスに任せたのか……? 私に敵対したアルゴスを守り易くするため? どうもそれだけではないような……?)
シギュンの思案の中、ジャーナリストたちは紙に筆を滑らせる。
法王クルスがそれを後ろから覗き見るも、書かれていたのはここで発表された内容ではなかった。
――――第一ミッション、クリア。
その事務的な内容に顔を硬直させる法王クルス。
(ミックめ、一体どういう教育を施したらこんな部下が出来上がるというのだ。文字にすら個性がないぞ……?)
ただただ淡々と、それらをこなすジャーナリストたち。
また一人、シギュンに向かって手を挙げる。
「……そちらの方」
「先日ミケラルド商店が発表した新魔法について、聖騎士団としては今後どういう利用をされていくかお伺いしたく存じます」
シギュンが目を細める。
(またも私が把握していない内容……けれど、あの男の事……――!)
シギュンはミケラルドの性格を見抜き、三ページ、四ページにある人相書きをめくり、五ページ目を見た。
(……やはり!)
まるで当然のように、そこに新魔法の存在が明らかにされていた。
ミケラルド商店が発表し、世界から承認された魔法は二つ。
五ページ目にはこう書かれていた。
一つ、瞬間発光魔法【フラッシュ】。
※ミケラルド商店が誇る【テトラ・ビジョン】の派生魔法【テトラ・イメージ】との併用をすれば、被写体に陰が出来辛く、人相書きより正確な情報を確保出来る。
一つ、持ち主特定魔法【マジックストーカー】。
※道具から大道具まで、落とし物探しに最適な魔法。物体に宿る残留魔力の痕跡を辿り、その物体の持ち主の元まで虹のアーチが掛かります。視覚的効果も抜群で、カップルと寄り添いながら虹を眺めたいのならコチラ!
この二つ目の魔法を見た瞬間、シギュンに氷のような冷たい悪寒が走った。
「どうしたシギュン、新魔法の説明と今後の利用方法についてだ」
「…………はぃ」
シギュンの法王クルスへの返事は、ほんの少し掠れていた。
「一つ目の魔法【フラッシュ】は……先程そちらの方が仰ってくださったように――――」
二つ目の魔法の説明に近付くにつれ、シギュンの声が徐々に震え始める。
これまでと違い、ジャーナリストたちは一切【フラッシュ】についての質問をしなかった。
まるで、二つ目の魔法の説明を……シギュンに急かすかのように。
そして、その時が来た。
「――――この二つ目の魔法【マジックストーカー】を利用すれば……犯行現場などに残った犯人の私物を使い、追跡に役立てるなど…………」
そこで、震えるシギュンの言葉は詰まってしまった。
「シギュン、どうした?」
法王クルスの催促も、今のシギュンには届かない。何故なら、シギュンの思考が追いついてしまったからだ。あの、剽軽で性格の悪い――吸血鬼元首に。
「ほら、六ページ目に【公開実演】とあるだろう? 是非、私に見せてくれたまえ」
魔法の詳細は五ページ目。
そして、六ページ目にはこうあった。
――――騎士団がアジトから見つけ出した証拠品を使い、闇人を特定しちゃおう♪ 今回の証拠品は法王陛下が持っている……ほらアレです♪
六ページ目には、それしか書かれていなかった。
正に魔法と言うべきミケラルドによるシギュンの視線誘導。
シギュンが震える目で追ったのは、法王クルスが持っている――煌く、一筋の紫。
それは、先日ミケラルドが法王クルスに見せたモノであり、シギュンの頭部から美しく流れる極細の紫と同じモノだった。
やったでおい。
次回:「◆その587 第一回定例広報会見3」




