その579 人工盆地
水龍リバイアタンのリィたん。地龍テルース。彼女たちに出来て木龍に出来ないはずがない。龍族の変態――即ち人化した木龍グランドホルツは、キツネ目の短髪クールビューティーだった。
周りの龍族と比べれば高齢だと思っていたが、龍族の中では老けという概念がないのかもしれない。なんとも羨ましい種族である。
とはいえ、俺も吸血鬼。軽く千年は生きるってもっぱらの噂である。
さて、西へ西へとやって来て、見つけたのこの人工盆地。
山を綺麗にスライスしたようにまっ平な平原。
これはおそらく魔人の仕業かもしれない。あの魔力と実力があれば可能だろう。
「何をジロジロ見ている?」
「考え事をする時、綺麗な人を見ていると捗るもので」
「難儀な性格だな」
的確且つ冷静。
木龍グランドホルツか。木龍のままならばそうなんだろうけど、この人化した状態だと呼びにくい事この上ない。今度リィたんにあだ名でも付けてもらうか? いや、もしかしたら木龍が嫌がるかもしれない。そうだ、地龍テルースの仔龍アスランを助けて、まず地龍テルースを味方に付けよう。
そして、炎龍とリィたん、それに地龍親子に木龍を説得してもらおう。うんうん、何事も根回しは必要だ。
ならばまず周囲の探索から始めるべき――ん?
「どうやらここまで来れば探すまでもないようだな」
人工盆地には平原もあれば生い茂った木々もある。
その中をガサガサと探していた木龍が、山側に洞窟の入り口を見つけたのだ。
俺と木龍は見合い頷く。
「龍族の色濃い魔力……間違いなくアスランはここにいる」
俺の風魔法【呼び戻しの風】ですら捉える事の出来る大きな魔力。
SSの域は出ないものの、炎龍よりかは強い魔力。
魔力の気質としては確かにリィたんや地龍テルース、そして木龍グランドホルツに近い。……ん? 気質……?
俺が首を傾げると、木龍は珍しく微笑を浮かべた。
「ふっ、ちゃんとモノにしたじゃないか」
「え、これがそうなんです?」
「魔力の性質まで見抜ける【幽元の風】。呼び戻すのではなく、呼び起こす。今その場に魔力があったかのように感知出来る優れた魔法だ。この短期間で会得するとは並外れたセンスと言える」
「あ、あははは……そりゃ光栄ですね」
「だが、その才能は敵を引き付ける」
「……そりゃ災難ですね」
一気にテンションが下がった俺は、トホホと溜め息を吐き洞窟の中へ入って行く。入り組んだ道中だったが、【幽元の風】を覚えた俺と木龍の前ではただの一本道だった。
アスランの魔力が道を教えてくれるのだから。
上へ下へ、右へ左へ。
「ミック、光を消せ」
光源魔法を使っていた俺に、木龍が言った。
身を伏せた俺たちが岩の陰から見たのは――、
「あれがアスラン……!」
土色の肌をしたゴツゴツとした体表。
以前、地龍テルースが龍化した時の姿に酷似している。
「そうだ、テルースの仔龍。未来の地龍だ」
大地に身を伏せ、力なく倒れているように見える。
ん? アスランの身体の下に何かある……?
あれは……マジックスクロールか。
「……なるほど、無数の【マジックドレイン】のマジックスクロールを地面に貼り、常時アスランの魔力を吸い続けているのか。動けないはずですよ。そして――」
俺が言うと、木龍がその先に続けた。
「――あぁ、見つからないはずだ。魔力そのものを放出出来なくしている」
「拘束するより簡単で、閉じ込めるより残虐……ですね」
過去の魔力を感知する【幽元の風】がなければ、発見すら困難。
「ミック、エレノアなる女の魔力は?」
「……あそこからですね」
分裂体の魔力を感じ取った俺は、アスランの身体の奥にあった異質な扉を指差した。岩の中に作られた人工的な部屋。おそらく【土塊操作】の魔法を使って造ったのだろう。
「……ふむ、さてどうすべきか」
木龍はそう呟きながも静かに前へ歩き始めた。
「え、ちょちょちょ……!」
俺は木龍を止めるため、その後を追う。
木龍はアスランの身体にポンと手を載せ言った。
「辛かったろう。今出してやる」
微かな息を漏らしながら、薄く目を開けるアスラン。
衰弱というより魔力欠乏の状態に近い。やはりこのマジックスクロールが問題だな。まぁ、思った通り外部からなら簡単に破壊出来るし、すぐに楽になるだろう。
「ふん」
木龍が風魔法で全てのマジックスクロールを破壊した後、俺に言った。
「ミック、闇空間だ」
「えぇ……」
「そこが一番安全、だろう?」
「まぁ、確かにそうですね」
俺は闇魔法【闇空間】を発動すると、木龍がぐったりしているアスランをそこへ投げ入れた。
「ざ、雑……」
「ここからはもっと雑だ」
「さっき、真剣に『……ふむ、さてどうすべきか』とか言ってたじゃないですか」
「考えた結論が……コレだ」
何故か、木龍グランドホルツが異質な扉に向かって手をかざした。
「え……え? マジっすか?」
「大マジだ。ミック、合わせろ」
本気だ。本気でやる気だ、この人。
「あの中、調査したかったんだけどなぁ……」
「全てを無に帰す方が相手にとって痛手と判断したまでだ」
「うーん、確かに。私だったらあの中には色々重要なモノを置くだろうし……」
「やらんなら私だけでやるぞ?」
「やります、やりますってば」
ったく、だからアスランを闇空間に入れたのか。
俺は観念し、覚えたばかりの【極ブレス】を放つべく、カパっと大口を開けたのだった。
ようやくアスランを発見・x・
次回:「その580 開口一番」




