◆その577 オルグ尾行作戦4
その後、エメリー、アリス、メアリィ。更にはキッカ、ラッツ、ハンの事まで事細かにオルグに質問したシギュン。オルグはそれを全て丁寧に答えた。
数十分におよぶ質疑応答はようやく終わりを迎え、シギュンはオルグに言った。
「団長」
これまでと変わらぬ表情でシギュンが言う。
「な、何かね?」
「ご報告、ご苦労様です。やはり私には団長がいないとダメですね」
リィたんが見るからに明らかな作り笑顔だが、オルグにはそう見えていない。
「おぉ」
「どうぞお掛けになってください」
ようやく立ち上がったオルグは、名残惜しそうにその場を離れ、革であしらえた椅子に腰を下ろす。オルグはまるで宝物を見るかのような目つきでシギュンを見つめていた。
シギュンはただ笑みを見せ、オルグとの時間を共有した。
引力とも言うべきシギュンの魅力。魅了された男は数知れず。
しかし、シギュンが有効的にソレを行使する相手は限られている。
神聖騎士オルグ。聖騎士団の団長にして法王クルスの信頼厚き男。刻の番人でさえ手を焼くSSS相当の実力者であれば、シギュンの判断は正に適当と言えた。
「団長」
色のある声で言うと、オルグが緊張の余り言葉を失う。
「な、な……っ、何かね?」
息を呑み、シギュンに聞くオルグ。
「聖騎士学校には優秀で美しい女性が沢山いらっしゃいますね」
「た、確かにそうかもしれない」
「若々しくて未来溢れる貴族や冒険者。妬けてしまいますわ」
これに対し、オルグが慌てて返す。
「わ、私にそんな気はない事くらい、君にもわかっているだろうっ」
「本当にそうでしょうか?」
頬に手を当て、小首を傾げ尋ねるシギュンにオルグが聞く。
「そんな……ど、どうすれば証明できるかね」
シギュンの疑いの眼に抗えないオルグ。
そんなオルグが慌てる姿にも、シギュンは反応は変わらない。
「団長。私、団長のお気持ちを確認したく思います」
「こ、ここでかねっ?」
「御嫌ですか? それとも私の事がお嫌いだと?」
「そんな事はない!」
立ち上がり、まるで子供の如く、大きく首を横に振るオルグ。
「ではお聞かせください。団長の……お気持ち」
満面の笑みの奥に見える、邪な黒いオーラ。
(異様な光景だな。人の道を語れる身ではないが、これがどういうモノかくらいわかる……)
それを気付けるのはこの場にリィたんしかいなかった。
「すっ、好きだ」
「聞こえません」
「わ、私は、シギュンの事が好きだ!」
「聞こえませんわ」
シギュンの言葉に、オルグは前のめりなりながら叫ぶように言う。
「好きだ! 大好きだっ!」
「届きません」
「大好きだ!! 心の底からっ!!」
「あ、少しだけ届きました。でもまだ足りません」
「愛している!」
「とても光栄に存じます」
「愛してる!!」
「嬉しく思います。もっと聞きたいですわ」
「愛してる! 愛してるよシギュン!!」
オルグの血走る目と、シギュンの氷のような笑み。
息切れと激しい動悸に襲われるオルグは、それでもシギュンから目を放さずにいた。ただただ一方的なオルグのアプローチ。シギュンはそれに対し事務的に答えるのみ。
しかしそれでも――、
「はい、ありがとうございます」
輝かんばかりのシギュンの笑顔に、オルグの心は赦されるのだ。
子供の謝罪が親に届いたように、激しい戦争から安全な家に帰還したかのように……オルグはホッとした様子で背もたれに身を預けたのだ。
だが、たったそれだけでオルグは憔悴し切っていた。
役職は明らかに聖騎士団長のオルグが上、しかし、この部屋の支配権はシギュンが握っていた。
やつれたとさえ表現できる程のオルグを前に、シギュンが言う。
「いけませんわ、団長。どうやらとても疲れていらっしゃるご様子。どうかご自愛ください」
「う、うむ……ありがとう……」
そしてまた微笑んだシギュンは、まるで仕事が終わったかのように踵を返した。
「では、失礼します……団長」
パタリと扉を閉めたシギュンが、副団長室へ戻って行く。
全てを見たリィたんが、自らの口を手で覆ってしまう程の衝撃。
あまりに異常で、あまりに異様で、あまりにも不条理。
(私は一体……何を見た……)
そしてリィたんは知るのだ。
人間の心にある底知れぬ闇と、それを隠すだけの業というべき業。
ホーリーキャッスルを出たリィたんは、自身の肩を抱く。
暮れる太陽。自然と向かう目は……西の空。
(……ミック)
水龍リバイアタンのリィたん。無意識の不安は募る。
我武者羅に闇へ潜る主を思い、主を想い、その背に見えるは光か闇か。
伸ばした手が掴む太陽。そこにあるのは空か空か。
世界の闇が集まる法王国。
ミケラルドが定めた勝負の日はもう間もなく。
それを信じ、リィたんはまた歩き出す。
仲間が待つ聖騎士学校に。そう、足早に。
次回:「その578 西の空の下」




