その572 霊龍の意図
「う~ん……わからん」
おれは、胡坐をかき、ゆっさゆっさと揺れながらそう呟くように言った。すると、真下からくすりと笑う声が聞こえた。
「ふっ、そう簡単に真似されては困る。とはいえ、方向性は悪くない。もう一度やってみろ」
それは、大地を優雅に歩む木龍グランドホルツからの助言だった。
俺は、ファーラの魔力が世界に及ぼした影響を探るため、方々調べに飛び回った。当然ながら世界は広く、力の強いモンスターを発見するにしても一苦労。
北へ南へ、東へ西へ。そして、西に向かった時に大きな魔力反応を感知した。
それが、ファーラの魔力が引き寄せたモンスター……だったらよかったのだが、見つけたのは五色の龍の一角だった訳だ。
そして現在、木龍からは風魔法のなんたるかを教わっているのだ。
それを覚えれば、俺の魔力感知能力は数段高みへいけるのだから。
「……くっ、む、難しい」
「では少し休憩だ。それにしても最初、ミックの魔力だとわからなかった時の我が恐怖がわかるか?」
「いやいや、それは私の台詞ですよ。こんなバカげた魔力量したモンスターを引き寄せるとか、『スパニッシュって思った以上に阿呆なのかな』とか思っちゃいましたよ」
肩を竦める俺に、木龍が呆れて言う。
「だが、向かって来たのはミックだったぞ?」
確かに、木龍は俺の動きを様子見し、俺は木龍に近付いていった。
「そりゃ、調査ですもん。調べないのは怠慢ですよ」
「それが出来る存在が既におかしいという事に気付いてないのか、はたまたとぼけているのか。困ったものだな……ん? 今やってるのは何だ?」
俺の魔力操作を肌で感じたのか、木龍は俺に聞いた。
「あぁ、これ? 闇ギルドを潰すのに必要な魔法ですよ。こっちは理屈が簡単でわかりやすいからもうすぐ……あ、出来たかも」
「普通は魔法一つ覚えるのに数年は必要とするんだ。その発想力は最早恐怖と言えるな」
「霊龍に粛清されちゃったりして?」
「霊龍が動く事はない。まぁ、興味の対象としては見るかもしれないがな」
「龍族の知り合いが増えたしなぁ。あ、そういえば雷龍に再戦を期待されてるんだっけ」
「雷龍に?」
「あぁ、一度襲われたんだけど引いてくれたんですよ。まぁ、今思えば、目的はリィたんだったんだろうけど」
「ふむ……」
そう言うと、木龍はしばらく黙り込んでしまった。
俺は新魔法の動き確認すべく、木龍の頭の上で色々テストしていた。どうやら動作に問題はないようで、シギュンたちをアッと言わせる事が出来そうだ。
そんな事を考えていたら、木龍が俺に言ったのだ。
「ミック、もしかすると霊龍は既にお前に目を付けているのかもしれないぞ」
「え、何それ怖い」
「怖がる事はない。霊龍はいたって温厚だ。だが、怒ると怖い」
「それはつまり怖いのでは?」
「はっはっはっは、そもそも龍族を従えるミックが異常なのだ。強大な力を持つ魔族が龍族に手を出さない理由が霊龍にある」
「え、そうなの?」
「考えてもみろ。龍族に何かあれば霊龍が動くのだぞ? 迂闊に手を出し、霊龍の気分を害せば魔王だろうとその力からは逃れられない」
やはり、魔王よりも強いのか……霊龍は。
「つまり、私は迂闊だったと」
「ふふふ、そうとも言えるな。先日、水龍リバイアタンを見て気付いた」
先日――って事は、法王クルス、木龍グランドホルツ、リィたん、それに俺と四人で話した時か。
「何がです?」
「本来、あの実力があれば雷龍シュガリオンが襲うような事はない」
それは、俺にとって予想外の一言だった。
「え、って事はこっちは襲われ損って事です?」
「雷龍の意図ではなく【霊龍の意図】だとすれば、話は別だ」
霊龍の意図……それってもしかして――、
「つまり……霊龍は雷龍を使って建国したミナジリ共和国の脅威度を調べた?」
「ミナジリ共和国? 違うな」
「へ?」
「ミック、お前を調べたのだ」
そらまた、俺も出世したものだ。
「霊龍は人間の国なんぞ気にしない。おそらく、ミナジリの地に留まる龍族の魔力反応を感知し、雷龍に調査へ向かわせた」
「確かに……雷龍はリィたんを蔑みはしたけど強者と認めていた。それにミナジリにいる龍族が水龍だとは知らなかったみたいだし……」
「無論、雷龍は霊龍に喧嘩を吹っ掛ける程の猛者。ヤツがそう簡単に霊龍の指示に従うとは思えない。霊龍が雷龍との勝負を引き受ける事の条件……と考えれば」
「なるほどなぁ~。雷龍の言動を思い出してみればあながち間違いじゃないかもしれませんね」
「雷龍との再戦の場には是非呼んで欲しいものだな」
「招待するような場ですかねぇ……」
「私も私で外界を楽しんでいるという事だ。さ、もう休憩は済んだろう。もう一度訓練だ」
そんな飴と鞭が得意な木龍グランドホルツとの二人旅。
新魔法の完成、ファーラの魔力影響の調査、エレノアと魔人の捜索、風魔法の指導、木龍との交流と……一石五鳥くらいの価値があるこの空間は、もしかしなくても異常なのかもしれない。
霊龍の意図がどうであれ、世界の監視者からすれば、その存在を見過ごす事は出来ないのだろう。
次回:「◆その573 新たな任」




