その571 最初の獲物
「ほぉ、お前がサブロウか」
法王クルスの語気がいつもより強いのは、気のせいじゃないはずだ。
ホーリーキャッスルの法王クルスの部屋に刻の番人の侵入を許す。
予め連絡を入れておいたにしても、騎士団長アルゴスの同席は当然と言えるだろう。
「ワシも出世したもんじゃな。まさか法王クルスに招かれるとは」
「招いた覚えはない。これは単なる尋問だ」
「元よりワシに選択権はない。ある程度自由に動けるのはそこの化け物のおかげ。何が聞きたいんじゃ?」
「全てだ」
「ほぉ?」
「お前が知る闇が犯した罪……これを全て吐き出してもらう」
「……なるほどのう」
サブロウは顎を揉み、過去を振り返るように罪を語った。
俺が把握している事だけではなく、十年、二十年、三十年以上前の出来事をサブロウが覚えている範囲で、出来るだけ細かく説明したのだ。
「……なるほど、あの襲撃事件の黒幕は闇だったか。貴族の反乱を裏で糸を引くとは……」
額を抱えていた法王クルスが、目頭を摘まむ。
アルゴス騎士団長も深刻な表情をしている。
「先々代の騎士団長リディック殿の暗殺が闇の仕業だったとは……」
当然の事だ。相手は闇ギルド。
世界の罪の見本市とも呼べる場所。
叩けば叩くだけ罪が出る。人が死に、不幸が生まれ、混乱が混沌へと変わる。
法王クルスの知っている者、知人、友人が闇の手によって葬られている事実。
全てを呑み込むのが法王クルスの仕事ではあるが、それを消化出来るかは別だ。
法王クルスの鋭い視線はサブロウを捉えて離さない。
やがて、法王クルスを纏う魔力が増大していく。
本来であればそれを諫めるのがアルゴスの仕事なのだが、彼はどうやら法王クルスを止める気はなさそうだ。
サブロウも覚悟を決めてここへ来ているからして、反撃するつもりはなさそうだ。
仕方ないと思い、俺は手をパンと叩いて場を支配した。
「「っ!」」
「困りますよ、クルス殿」
「ミック……」
「サブロウは現在ミナジリ共和国の貴重な人材です。罪人には奉仕活動。それが我が国の法です。ここで闇の情報源や、そこで培った経験を失う訳には参りません」
そう言うと、法王クルスは毒気を抜かれたように肩を落とした。
どうやら呑み込んだモノを消化してくれたようだ。
ま、ここが公人の辛いところだよな。
サブロウの目がぎょろりと俺に向く。
「よいのか、化け物?」
「死ぬまでこき使うだけだよ」
俺が淡々とそう返すと、サブロウはやれやれと言いながら窓辺に向かった。
「ここで死んだ方がマシだったやもしれんな」
「任務に戻れ」
「ふん、ではな」
サブロウが消えると共に、法王クルスがソファにどっと腰を下ろす。
そして、深い溜め息を吐いた後、俺に謝罪したのだ。
「すまんな、ミック」
「いえ、お気持ちはお察しします」
「わかってはいたのだが、奴から直接聞かされるとどうもな……」
「ま、闇ギルドが消えればその鬱憤も少しは晴れるでしょう」
苦笑しながら言うと、法王クルスは目を丸くして俺を見た。
「何と、目途が立ったのか!?」
「おぉ!」
アルゴス団長も嬉しそうである。
「まぁ、それにはクルス殿のご協力と、アルゴス殿のご協力が必要なんですよ」
「法王陛下と……私、でありますか?」
「ほぉ? という事は……相手はシギュンか!」
思わず、なのだろう。立ち上がった法王クルスの顔は喜びに満ちていた。
まぁ、この情報でいくとそうなるよな。
「上手くいけばシギュンとクインの二人を法王国の牢にぶち込めますよ」
「素晴らしい! で、私は何をすればいい?」
「まずは、起業します」
「「は?」」
法王クルスとアルゴス騎士団長。
二人の間の抜けた言葉は、俺の笑みを引き出したのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
翌日、ファーラの魔力の影響を調べに行く直前。俺はお使いに出したリィたんが取り付けた約束を果たしに、聖騎士学校の学校長室へやって来ていた。
「まさかあそこへ水龍リバイアタンがやって来るとは思わなかったぞ」
ライゼン学校長の言葉は、呆れに満ちていた。
そう、俺は昨日、リィたんにライゼン学校長が管理する『シギュンに潰された同好会』の部室へお使いに行ってもらったのだ。
「すみません、急ぎの用だったので」
「して、用件は?」
「実はとあるプロジェクトがありまして」
「というと?」
「間近でシギュンの間抜け面を拝めるっていうプロジェクトなんですけどね?」
「乗った」
即決即答でした。
「具体的には私のミケラルド商店が新部門を立ち上げる事になりまして、試験的に法王国で活動させて頂きます。おそらく今日の午後にはクルス殿から認可が下りるでしょう。で、そこの人材を募集していまして、ライゼン校長のところにいる優秀な人材をお借りしたい」
「……ふむ、無論貸すのは構わんが……返って来るのかね?」
冗談で言っているのはわかるが、これを苦笑で返すのは違うだろう。
「ミケラルド商店は居心地がいいですからね。永久就職を考える方も、もしかしたらいるかもしれませんね」
微笑みながらそう言うと、ライゼン学校長はにやりと笑って見せた。
「安心した」
「ほぉ?」
「絶対返すなんて言おうものなら、その方が信用出来ないからな」
着実に準備が進む法王国。
後は俺が頑張るだけ……かな。
そう思い、俺は法王国外の調査に向かうのだった。
次回:「その572 霊龍の意図」




