その570 ナタリーの危惧
「ふ~ん、それでカッコつけてちゃったんだ」
俺の人差し指と親指を包帯でグルグルと巻きながらナタリーが言った。
腫れや焦げは大した事はないのだが、念のためという事でナタリーの厚意に甘えた――まではよかったのだが、俺の武勇伝にナタリーの感情が追いついてくれない。
「クルス殿なら、『おぉ! 次はどうなったのだ!?』とか興奮して喜んでくれるんだけど?」
「そんな事したらミックがまた調子にのって危ない事しちゃうでしょ」
「あ、はい。そうです」
既に包帯は指の三倍くらいの太さに巻かれている。
こんなのフィクションの世界でしか見た事がない。
「それでミック? 事の経緯はわかったが、具体的には何が出来たんだ?」
リィたんが聞くと、ナタリーがずいと顔を肉薄した。
「そう! お母さんに似せた分裂体斬られちゃったんでしょっ? どうやって仔龍見つけるの!?」
気になる問題。巻かれる包帯。
「それ、いつまで巻くの?」
「あ、そうだった。これくらいでいいよね」
このくらいが適量なのか。
長いようで短い吸血鬼生だが初めて知ったよ。
ナタリーが包帯を結び終えると、俺はリィたんに言った。
「分裂体は消滅したかのように見えたけど、実は消えてない」
「何っ?」
「正確には俺の分裂体が魔人に切断された時、微粒子レベルの俺の分裂体が魔人とエレノアに付着した」
「微粒子って何?」
ナタリーの質問。
「目には見えないすっごい小さい粒……みたいな?」
「つまり、すっごい小さいミックが二人に付いたって事?」
「そういう事。だからドアの外で息をひそめてる魔人の存在に気付けたんだよ」
「あ、そっか」
そんな納得したナタリーの横でリィたんがニヤリと笑う。
「なるほど、ならば今後エレノアの行先は手に取るようにわかる……という事だな」
「そんな便利な能力だったらいいんだけどね」
俺は肩を竦め、続けて言った。
「あのサイズの分裂体だとそこまでは難しい。それこそ微量の魔力しか放出出来ないからね。ただ、ある程度の方角はわかる。木龍グランドホルツと組めばそれを追う事は難しい事じゃない」
「そういう事か」
「そういう事っ」
言うと、ナタリーが口を尖らせて「おー」と感嘆の声を漏らす。
その後、難しい表情をし、心配そうに俺を見たのだ。
「大丈夫……だよね?」
「俺と木龍で行ってダメなら、諦めた方がいいよ。リィたんには悪いけどね」
「いや、ミックの言う通りだ。ナタリー、考えてもみろ。ただでさえ龍族の手に余る事態だ。それ以上の存在が動き、ダメならば仕方のない事だ」
リィたんに諭されるように言われたナタリーだったが、どうにもまだ難しい顔をしていらっしゃる。
「う~ん……こういうのってミックが『大丈夫! 任せろ!』って言うところじゃないの?」
どうやら俺の返答はナタリーの希望にそぐわなかったようだ。
「ダイジョーブ! マカセロ!」
「……ま、こっちのがミックっぽいよね」
ナタリーのジト目はいつもクオリティが高い。
その後、ナタリーは思い出したように言った。
「あ、そうだ、ファーラの件は?」
「あぁ、その話題なら出なかった」
「え? どういう事?」
「敢えて出さなかったんだろ。法王国の拠点を移すってのは、俺たちにバレたからってのが大義名分なだけ」
「大義名分って誰に対して?」
「勿論、他の刻の番人に対してだよ。そう言わないと皆動かないくらいには癖が強いからね」
「じゃあ他に理由が?」
「ファーラの魔力で釣られるモンスターがいるからだ」
俺の代わりにリィたんが言ってくれた。
「そっか、法王国がモンスターに襲われるって知ってるから、法王国から逃げるのか」
ナタリーもそれに理解を示す。俺はそれに補足を加える。
「まぁ、ファーラの魔力の事については把握してなかったみたいだね。情報はしっかり伝えた方がいいのに。こういうところは抜けてるんだから、スパニッシュは」
そう言うと、リィたんが微笑みながら言った。
「闇ギルド討伐もいよいよ大詰め……か。ミック、何から手を付ける?」
俺はそれに対し、客観的に見ても、ナタリー的に見ても下卑た笑みを浮かべていたと思う。
「新魔法の開発……!」
両手の指をうねうねさせ、薄気味悪く笑う俺を見たナタリーは、自身の肩を抱きながら震えた。
「あ、これダメなやつ……」
そんなナタリーの心の声が漏れると、リィたんは嬉しそうに言ってくれた。
「ふっ、ミックがそう言う時はいつも面白い事が起きる。何でも言え、私はそれに従おう」
リィたんがドンと自身の豊かな胸を叩き、ニカリと笑う。
俺もそれに釣られるように笑い、リィたんに言った。
「それじゃあ一つ頼まれてくれるかな?」
◇◆◇ ◆◇◆
ファーラの魔力の影響は明日調べるとして、とりあえず今日の報告が必要なのは……やっぱり法王クルスだろうな。
そう思い、俺はホーリーキャッスルへと向かった。
そこでは、かねてより法王クルスが会いたいと要望を出していた人物が待っていた。
「来たな、化け物め」
それは、刻の番人の一人――サブロウだった。
次回:「その571 最初の獲物」




