その540 聖女降臨
「ここが……ミナジリ共和国……」
ミナジリ共和国のミケラルド商店、そこへ転移し戻った俺たち。
外へ出たアリスはボーっと外を見回し、キャッキャと子供のように走り回るエメリーはとても懐かしそうである。
「アリスさーん! こっち、こっちでーす!」
エメリーの声に誘われ、アリスが歩を進める。
俺は、ナタリーと話しながらその背を見ていた。
「どういうつもり?」
「何が?」
「とぼけないでよ、アリスちゃんをミナジリ共和国に連れて来るなんて」
「あれ、仲良かったはずじゃない?」
「仲がいいからだよ。こっちは公にエメラが行方不明になってるんだよ? そんな中、アリスちゃんを連れて来たら……――」
「――大丈夫、何も起きないよ」
俺が言うと、ナタリーは小首を傾げて聞く。
「何よ、その自信?」
すると、俺たちの横に回った魔帝グラムスがいった。
「今、【刻の番人】の中ではパーシバルが抜けた事で、情報系統に齟齬が生じているはずじゃからのう」
顎をしゃくり上げてパーシバルを差したグラムスに、ナタリーがポンと手を打つ。
「なるほど」
「新たな指示が届くまで時間はかかるし、ミナジリ共和国にエメリーさんとアリスさんが来れば――」
「――あぁ、確かに更に混乱しちゃうね」
ミケラルド・オード・ミナジリがパーシバル、そして勇者と聖女を連れ帰った。この事実を与えるだけで、【刻の番人】は動けなくなる。完璧に見える闇ギルドは、完璧過ぎるが故にその意図や情報を探ろうとする。
つまり、この意味のないエメリーとアリスのミナジリ共和国訪問にも、意味を見出そうとするのだ。無論、彼らも優秀である。療養のためとわかるのだろうが、その情報を探り、上にそれを上げ、エレノアからの指示を待つ。この情報の一往復こそが重要なのだ。
「ふんっ」
荒く鼻息を吐いたパーシバル。
そんなパーシバルの前に風の如く現れた巨大な存在。
ペタンと腰を落としたパーシバルが見上げる存在――フェンリル。
「な……なっ……っ!?」
「ミケラルド様、この者……いかがしましょう。人より大きな魔力を感じます」
「あぁ、ワンリル。そいつはパーシバルっていうんだ。一応お客だから食べちゃダメだぞ」
「は! かしこまりました!」
「フェンリルを放し飼いにするなよ……!」
と、震えながら俺を見るパーシバル。
しかし、その言葉遣いがいけなかったのだろう。ナタリーの調教によってミナジリ共和国のペットとなったワンリルは、鋭い視線でギヌロとパーシバルを睨んだのだ。
「貴様、パーシバルと言ったな。我が主君への言葉に注意しろ」
「ゲ、ゲストって言ってたじゃないかっ」
「違う!」
「ひっ!?」
「ミケラルド様はこう仰ったのだ。『食べちゃダメ』と」
「くっ……!」
尻を這わせながら後退するパーシバルと、すぐにその距離を縮めるフェンリル。
「うひゃひゃひゃっ! これも天罰じゃい! ほほほほほっ!」
魔帝グラムスは喜びながら手を叩き、指を差しながら笑い、嬉しそうに涙を流していた。とてもイイ性格をしていらっしゃる。
その後、エメリーはアリスを連れミナジリ共和国を案内して回った。それが一通り終わると、ミナジリ邸へとやって来たのだった。
「……何で、お城の中庭に屋敷が?」
奇抜スタイルの屋敷を指差し、呆れた視線を俺に向けるアリスちゃん。
何故、この設計が俺のせいになっているのか皆目見当もつかないが、これを指示したのナタリーとロレッソである。その結果、聖騎士学校に入学する冒険者の調査官で得たお給料が全てなくなったのである。
「うぅ……殺せぇ……」
ワンリルに服の襟を咥えられたパーシバルは放っておいて、俺たちはミナジリ邸へと入るのだった。いやぁよかったよかった。ワンリルに新しいお友達が出来て。もしかしたらあの二人にはセットで哨戒を任せてもいいかもしれない。
「ミケラルド様、お帰りなさいませ」
「「お帰りなさいませ」」
シュバイツやコリンたちに出迎えられた俺たち。
シュッツの指導、更には皆の努力の賜物と思い、うんうん頷いていると、アリスが俺に耳打ちしてきた。
「ちょっとどういうつもりですかっ」
「へ?」
「あんな小さな女の子を働かせてっ」
「大人から見たらアリスさんも小さい女の子ですよ」
「んなっ!?」
「ところで私、あのコリンより若いって知ってました?」
そこまで言うと、アリスは黙ってしまった。
コリンのような子供がちゃんとした教育を受け、楽しく遊び、学べる世界を作る……というのは理想論であり、それが出来れば世界はもっと平和なのだ。
ならば、コリンのような子が働く事を、この世代で最後にする。それを目標に生きる事が重要なのではないか、俺はそう考えるのだった。
そんな噂の的であるコリンが、トコトコと俺に近付いて来る。
俺は首を傾げ、しゃがんでコリンの意図を探った。
するとコリンは、アリスと同じく俺に耳打ちをしたのだった。
「ミケラルド様……あのね――」
コリンの言葉を聞き、俺はすっと立ち上がる。
「――プリシラが、二人を?」
それは、我がミナジリ邸の居候系賢者プリシラが、勇者と聖女に会いたいという伝言だったのだ。
次回:「その541 勇者、聖女、賢者、そして四歳児」




