◆その523 超特殊遊撃部隊
「帰りてぇ~……」
ミナジリ共和国の元首、そして戦争の指揮官であるミケラルド・オード・ミナジリが嘆くように、悲しむように、呟くようにそう言うと同時、左手後方――左翼の切っ先から雄叫びが届いた。
それはミナジリ軍のダイルレックス種ドゥムガ、ダークマーダラー種サイトゥのものだった。背後にいるダークマーダラーの軍もそれに呼応した。
ほぼ同時にラジーン率いる右翼のミナジリ軍からも雄叫びが轟く。
両翼から内に内にと伝染していったそれは、やがて勇者エメリー、聖女アリスの背中を叩いた。
「「っ!!」」
あまりの衝撃に、二人の乙女は振り返ろうとした。
しかし、ミケラルドは二人の肩をポンと叩き言った。
「振り返っちゃダメです。ここは背中で応えてください」
そう、ここは不安残る驚きの表情を皆に見せるべきではない。
「さぁ、背中は押してもらいました。後は行動で示すだけです」
そんなミケラルドの言葉を聞き、二人は見合い、コクリと一つ頷いた。
勇者の剣を、聖女の杖を天高く掲げると共に、連合軍の熱は最高潮へと達した。
「「オォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」
その足で大地を鳴らし、その咆哮で大気を揺らす。
これを受け、ミケラルドがその強大な力を皆に見せつける。
「「っ!?」」
「よーし、おじさん頑張っちゃうぞ」
ミケラルド、勇者エメリー、聖女アリスがいた大地が、ミケラルドの【サイコキネシス】によってえぐり取られるように浮き上がったのだ。
そして、中央後方に不気味に浮かび続ける不死王リッチを指差し大きく吼えた。
「奴らに侵略を許してはならない! このリプトゥアの地を失えば我々の日常は夢へと変わる! 我々の背には、未来には、絶望を残してはならない! これは、友を、家族を、世界の未来を守るための戦いである!! 皆の者! 鼓動より早く大地を蹴り、駆け抜けろ!!」
最後にミケラルドはすんと鼻息を吸い、拳を天に向けた。
やがて拳をゆっくりと敵軍に向け、言った。
「出陣っ!!」
「「オォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」
先程よりも大きく轟いたそれは、ミケラルドと肩を並べるエメリーとアリスの心に勇気と覚悟を生んだ。しかし、それはミケラルドという張本人によって一気に霧散したのだ。
「今の演説、中々カッコ良くなかったです?」
ガクリと肩を落としたアリスが「台無しです……」と言い、同じく肩を落としたエメリーが「ははは……」と苦笑を浮かべる。
「さぁ、終わったら豪勢な食事と気持ち良いお風呂が待ってますよ!」
「何か私たちだけ――」
「――動機を軽くされた感じが……」
アリス、エメリーはそう言うも、ミケラルドは笑って言い返す。
「いいんですよそれで。美味いご飯が食べられるって事は、それだけ平和って事です。間接的に何があろうと目的は平和って事に代わりはありません」
「それ、皆さんの前で言えるんですか?」
アリスがジト目で言うも、
「もちろんっ♪」
ミケラルドの笑みを消す事は出来なかった。
するとエメリーが言った。
「いいですね。そういう考え方、私好きです」
「さっすが私の運命の人」
ニカリとミケラルドが言うと、エメリーは少しだけ驚いたような顔をしてミケラルドから目を逸らした。ほんのりと耳を赤くして。
「何ですか、その運命の人ってっ!?」
アリスがミケラルドに聞く。
「初めてエメリーさんに出会った時にそう言われたんですよ。いやぁ、あの時はドキっとしちゃったなー」
懐かしそうに語るミケラルドを見て、エメリーが反論する。
「あ、あの時のミケラルドさんはキョトンってしてましたっ」
「え? そうでしたっけ?」
首を傾げたミケラルドは、ちらりと正面を見て言った。
「あ、アリスさん。そろそろエメリーさんに【聖加護】を」
「え? あ、はいっ!」
アリスは返事と共に杖を掲げ、エメリーに【聖加護】を放った。
(今だっ)
ミケラルドはその一瞬のタイミングと共に強大な光魔法を放ったのだ。
それは周囲を太陽のように照らし、連合軍を包んだ。全てではない。ドゥムガ、サイトゥが率いる魔族の軍のみ避けて包んだのだ。
勇者エメリーが疑問を顔に浮かべる。
「これは……光魔法――【ライト】?」
それは、単なる光源魔法。周囲を照らすだけ、それだけの魔法だった。
しかし直後、エメリーはミケラルドが何をしたのかを知る。
「こ、これは【聖加護】っ!?」
「俺たちの武器に【聖加護】が宿ったぞぉおおお!!」
「流石聖女様だっ! これだけの人数に対し【聖加護】をっ!!」
「勇者万歳! 聖女万歳っ!!」
「「ウォオオオオオオオオオオオッ!!」」
この事実に驚愕したエメリーとアリス。
((今の【ライト】は、ただの演出っ!?))
しかし、それが絶大な効果を生む。
ミケラルドは聖女アリスの【聖加護】発動と同時に【ライト】を発動した。しかしミケラルドは【聖加護】も発動していた。【ライト】の光の効果で、連合軍は聖女アリスからの【聖加護】だと錯覚したのだ。
これは、ミケラルドの能力を知っている一部の者だけが理解していた。
「流石はミケラルド様」
ラジーンが、
「ガキのくせに生意気な。隠す事ぁねぇのによ」
ドゥムガが、
「凄い……!」
勇者エメリーが、
「ちょ、ミケラルドさん! 今のどうやったんですかっ!?」
そして、聖女アリスが。
広範囲の【聖加護】について詳しく聞こうとする聖女アリスがミケラルドの胸倉をぐいと掴む。
「ちょアリスさん!? 熱い! 熱いってっ! 蒸発しちゃうからっ! 、アリスさん【聖加護】止めてっ!」
「す、すみません! 今【ヒール】をっ!」
「【ヒール】とか殺す気ですか!? 魔族には【ダークヒール】です!」
「じゃあそれを教えてください!」
「だから熱いってっ! 今度魔導書に入れてあげますからっ!」
「ありがとうございます!」
アリスとの言い合いの中、ミケラルドは目の端に映る不死王リッチから目を離せないでいた。宙に漂い、まるで全てを見透かすような不気味な姿。
その背にチリチリした何かを感じたミケラルドは、不安を拭うように自身の拳を強く握るのだった。
次回:「◆その524 魔族の動き」




