その51 ランクSへの道
ギルドマスターは木剣を構えるも、腰すら落としていない。
つまり完全に舐められているという証拠。
「おっと、まだ名乗っていなかったな。リーガルのギルドマスター、《ディック》だ」
「ミケラルドです」
「さぁ、かかってきな。ミケラルド!」
この男、ディックに強烈な印象を残すためには、俺が現在出せる最大限の力を行使するのが正解だ。
使う能力は【身体能力強化】、【身体能力超強化】、【魔力還元】、【隠形】、【危険察知】そして、吸血鬼の固有能力【解放】。
【疾風迅雷】も使うべきだが、魔法を発動する素振りは見せたくない。あくまで魔法を使わず倒したという実績も、重要となるからだ。
「約束、忘れないでくださいね」
「公正な冒険者ギルドだぞ?」
「結構です」
そう言った直後、俺はディックの背後に回っていた。
ディックはこの速度に付いてこれないのか、未だに気付いていない。
――嘘だろ? 隙だらけだ。
俺はディックの首元を狙い、手刀を放った。
すると、ようやくディックが気付き前方へ回避する。
しかし、ディックのうなじはスッパリと切れる。
指からしたたる血をちょいと頂いておこう。
「馬鹿なっ!?」
と、ディックが背後を見た時点で、俺はまたディックの背後へと回り込んでいた。
「これで――終わりです」
うつ伏せに倒されたディックは、両腕を俺に踏まれ、首元に魔力の籠った爪を突き立てられた。
勝負はまさに一瞬だった。【隠形】の効果がある事で、直前まで攻撃に気付かれなかったのだろう。
それにしてもランクSでこの程度か。
まぁ、引退はしているだろうし、多少のブランクもあるだろう。ディックの実力はランクAくらいだと見るのが正解かもしれない。
「……わ、わかった。俺の負けだ」
ったく、未だにスーツ姿だぞ俺?
まさか戦う事になるとは思わなかったし、仕方ないが、どうにも雰囲気に欠けるな。
俺はディックの首元から手を放し、腕から足をどけた。
「約束、忘れてないですよね?」
「あぁ、ったくしつこいな。だが、こちらに非があったのは認める。これまでの実績とこの対価で、ミケラルドは本日付でランクAとする。ニコル、準備だ」
「……ぁ、は、はい!」
どうやら俺の実力を見て放心していたようだ。
ニコルはすぐにギルド内に向かって小走りして行った。
「はぁ、ブランクがあるにしても。強すぎだろう……どこでそれだけの力を身に付けた?」
魔界で、とか言っても信じてもらえないだろうし、信じられたら信じられたで面倒だ。
すると、ディックは自分で回答に辿り着いたのか、余りにも見当外れな事を言ってきた。
「まさかお前、リプトゥア国で誕生したとかいう勇者か!?」
「違います」
というか、新たに誕生してたんだな、勇者。
ひと目くらい見てみたい気もするが、リプトゥア国か。足を延ばすにしては少し遠い気がする。
「そうか、違うのか。まぁいい、ミケラルドの実力はわかった。今後はその力を当てにしていいか?」
「冒険者ギルドが公正であるならば」
「ふん、いいだろう。この後、時間あるだろうか?」
「はい?」
「ランクAになった段階での説明がある。都合が悪いなら別日でも構わないが?」
「いえ、それなら問題ありません。行きましょう」
俺が答えると、ディックは首をクイと動かし、俺をギルド内へ案内した。
【看破】を使ってみても、ディックには何も反応が無かった事からして、単純に不正者に対しての対応というだけか。
応接室に通されると、ディックは手前の席に腰掛け、俺に奥の席への着席を促した。
「さて、今回の件でミケラルド、お前の実力はわかった。おそらくランクSS相当の実力はあると思う……ってくらいしか言えないのが俺の判断だ。ま、ランクS止まりだった俺の見解だと思ってくれ」
「ありがとうございます」
「本当なら、実力に見合ったランクに上げてやりたいが、そうもいかないのが冒険者ギルドの難しいところだ」
「察するに、ランクSに上がるためには、信頼、実績以外の何らかの条件があるという事でしょうか?」
ディックはコクリと頷き俺を見る。
「そう、それが今回の説明の肝だ。ランクAの冒険者がランクSになる条件は二通りある」
二通りあるのであれば、未来は明るいかもしれないな。
「一つは、ランクAの状態で十年活動している冒険者」
うん、もう一つに期待しよう。
「もう一つは冒険者ギルド主催の武闘大会で好成績を収める事だ」
なるほど、冒険者たちでランクSをかけて戦うという事か。
という事は…………もしかして俺はリィたんとランクSを争わなくちゃいけないのか?
あ、そうだ。意外に早い段階でランクAになれたんだ。
もしかしたらリィたんには勝てたかもしれないな。
リィたんへの罰ゲーム、考えておかないとな。
その後、ディックとの少しの雑談の後、報酬を貰って宿へと戻った。
さぁ、久しぶりにリィたんにテレパシーでもしてみるかな。
なんたって俺は、ランクAの冒険者になったんだから。




