その470 生餌
「で、やるのは私ですか」
先程の呆れ眼をそのままグラムスに返した俺。
「アシスタントと言うんじゃ」
木に縛り付けたパーシバル。
そして、その木を担ぎ、歩く俺。
グラムスは木の枝から枝へと跳び移っている。
「おい、お前一体何者なんだっ? 悪い事は言わない。これ以上僕を怒らせない事だなっ」
そう言いながらも声が震えているパーシバル君。
俺はデュークの姿だし、この姿でパーシバルとの面識はない。更にはパーシバルの失われし位階は、予め発見し、こちらの手中に置いている。
着々と力を付けるミナジリ勢だが、闇ギルドの【エレノア】、【シギュン】、そして【魔人】の存在が気になるところだ。
サブロウの話では、実力が読めないのはこの三人らしいからな。で、そのサブロウが別件で気にしてたのはこのパーシバル。気にしてた理由は勿論、「何をしでかすかわからないから」。コントロールの効かない幹部程危ういものはない。
それには俺も同感である。だからこそグラムスの提案には俺も乗り気なのだ。
「む、見つけたぞい!」
グラムスが指差す方向。注視して見ると、ディノ大森林の代名詞とも呼ばれるモンスターを発見した。
フォルムはヴェロキラプトルを彷彿させる小型の恐竜。ただ、黄色い体表をしている。黄土色の目がギョロリと動き、半円の長い爪はその獰猛さを体現している。
「【ステルスランナー】……!」
震える声でパーシバルが言ったのも無理はない。
奴は森林の中を疲れる事なく走り続ける強心臓の持ち主。擬態も得意とし、草木の中に隠れれば見つける事も困難なランクAモンスターである。
警戒している俺やグラムスであれば、そこまで手こずる相手ではない。がしかし、何の防御手段も持たないパーシバルが目にすれば話は別だ。
たとえSSSの実力があろうと、パーシバルの場合は魔法があってこそだ。
ステルスランナーの牙はパーシバルの身体を食いちぎれるし、その爪は簡単に臓腑に届きうる。
それは大抵の人間に言える事だ。ランクC……いや、ランクDのモンスターならば、無抵抗なSSS冒険者を殺す事が可能だ。
防御行動というのはそれ程重要で、無防備である事はそれ程重大な過失なのだ。
で、その無防備なパーシバル君。
その震えが木を伝い俺に届いている。
木の枝からすとんと降りてきたグラムスが、何やら自身の懐をまさぐっている。
「何ですか、それ?」
「美味ぁいソースじゃ」
懐から取り出した小さな壺。それは、グラムス爺ちゃん印のお手製香しソースだった。
グラムスは笑顔でパーシバルの頬にそれを塗り付けていく。
「ふ、ふ、ふふーん♪」
鼻歌も参入して楽しそうである。
彼の人生はとても有意義なのだろう。そう見える。
「おひょひょひょひょひょ〜♪」
「やめっ!? 師匠っ! ひっ! く、くすぐ……アハハハハハハハッ!」
大丈夫、彼の弟子も楽しそうだ。破壊魔なんて呼ばれてるとはとても思えない程だ。
「これも修行じゃ! ほれほれほれほれー!」
「や、や、やめろぉおおおおおおおおおっ!?」
そんなパーシバルの笑い声もとい悲鳴が響いたところで、【ステルスランナー】が俺たちに気付いた。
【ステルスランナー】の数は四匹。ギョロリと向けられた八つの視線は全てパーシバルに向けられた。
「頼んだぞい」
「まぁ、軽いジョギングみたいなもんですよ」
「お、おい! やめろ! 聞いてるのかっ! やめろって言ってるんだ!」
パーシバルの静止は、俺たちの右耳から左耳へ通り抜け、グラムスは再び枝の上へ、俺は振り返りスキップを始めた。
「ふ、ふ、ふふーん♪」
おっと、グラムスの鼻歌が移ってしまった。伝染病か何かだろうか?
「お前! 何、呑気に鼻歌歌ってるんだよ! おい、これを解けぇ!」
「修行の賜物です」
「訳の分からない事言ってんじゃねーよ!」
【ステルスランナー】の速度に合わせ、追いつかれ引き離しの繰り返し。
「くわれる! 食われる! 喰われる! クワレルッ! ギャ!? 噛んだ! 今、噛んだぁっ!!」
「歯が当たっただけだろー」
背後から聞こえる生餌からの悲鳴は、やがて泣き声へと変わる。
「やめろぉ……やめろよぉ……」
「えっほえっほえっほ」
スキップから小走りへかわり、パーシバルが失禁系闇人になった時、グラムスが【ステルスランナー】を倒した。
えぐえぐと嗚咽するパーシバルを前にグラムスがニヤリと笑う。
「闇から抜けると言え」
「い、言える訳ないだろぉ!」
まあパーシバルは、パーシバルの失われし位階がこちらの手にある事を知らないからな。失われし位階は刻の番人の手足であり、刻の番人の監視者でもある。表に寝返ったと告げ口でもされようものなら、パーシバルの命が危うくなる。
そう思うのも無理はないし、奴の心はまだ折れていない。
「では、生餌パートツーじゃ♪」
心底楽しそうな爺である。
◇◆◇ ◆◇◆
「いやぁあああああああっ!? やだぁあああああ!!」
パートツー、キラービーに襲われるパーシバル君。
「あ、あの……僕はここに置かれただけで……」
パートスリー、コカトリスの巣にて、卵の隣に置かれるパーシバル君。
「へ、へへへ……へ?」
パートフォー、緑竜の背に括り付けられたパーシバル君。
「飽きてきたのう」
「いつまで続けるんです?」
「クッション」
緑竜が背中を岩肌にぶつけようとしてたのを、風魔法で助けると、グラムスは言った。
「そろそろだと思うんじゃがのう?」
「抜けますぅ……」
おぉ、流石師匠。凄い読みだ。
「聞こえんのう!」
「抜ける! 闇ギルドを抜けます!」
「ほっ、堕ちおった!」
闇に堕ち、表に堕ちたパーシバルは、最早灰色というか廃人というか。まぁ、このシーソーサバイバルを生きやすくするためには、早々に俺が闇を潰すしかないという事だ。
次回:「その471 木龍の情報」
明日は二話以上投稿できると思います。




