その469 ディノ大森林
2021/1/4 本日二話目の投稿です。ご注意ください。
「っ……俺の負けだ」
剣の重み、腰の運び、足捌きと更には相手の力。これを利用する事で、力はなくとも相手を殺傷する事が出来る。
イヅナの授業の目的はこれ。力持たぬ者でも技術一つで相手を絶命たらしめるものだと、皆に伝えるためだ。
どうせ、実力を隠している事はゲラルドにバレている。ここで負けたらゲラルドに悪い気がして、勝つ事にした。
そう判断した俺は、ゲラルドの剣に自分の剣を滑らせるように動かし、相手の懐に潜り込んだ。脱力を課せられていたため、ゲラルドは機敏な防御が出来ず、首に剣を押し当てられ敗北宣言。
これを見た皆は、各々感嘆の息を漏らした。
「ほっほっほ、良き師を持っているな」
イヅナはもしかして俺の正体がわかっているのか?
いや、だとしたら師のジェイルを褒め称えるような事は言わないだろう。
だが、姿形、魔力や声すら変えている俺の腕を見抜くとは、流石の慧眼だ。
顎を揉み「人選に間違いはなかった」と言いたげな顔をしたイヅナは、その後実力が拮抗している者同士を選び、試合をさせた。
当然、実力が突出している者は別だ。
「さて、どうしたものかな」
イヅナが困っていた相手はやはりと言うか何と言うか……リィたんであった。
リィたんの場合、基本スペックが違い過ぎて、脱力しようが何しようが刃物を通さない身体である。ならば、脱力したところで技術の重要性を説くのは難しい。
SSSの実力者がイヅナ以外にもいればいいのだが。
「俺がやろう」
ずいと現れたのはオベイル家のオベイルさんだった。
「鬼っ子が?」
「何だよ爺、俺が爺の剣を学んじゃいけねぇってのか?」
確かにオベイルの実力なら、リィたんの外皮に傷を付ける事くらいは可能だ。
しかしオベイルがねぇ……。剛剣の塊とも言うべき剣の鬼が技術を学ぶか。
こりゃ近い未来、オベイルがイヅナを抜く日が来るかもしれないな。
こうして、各々が試合相手という名のパートナーを見つけ、技術の向上に重きを置いた。
聖騎士学校のカリキュラムを受けて初めてわかる事もある。
確かにこの調子で生徒を鍛え続ければ、聖騎士の実力に近付けるだろう。
常々思っていた事ではあるが、この養成機関は魔族にとって厄介の種ではないのだろうか?
これまでの歴史の中で、魔族がこの学校を襲撃した例はない。何故これまで魔族は聖騎士学校に攻撃をしなかったのか。出来ない理由が? 法王国の中枢だからという理由では片付かないような気がする。
そして、このタイミングで吸血鬼ファーラが潜入。
……何とも気になる事態だ。がしかし、今は自分の出来る事をやるのみ。
リルハの師の双黒の少女の件もあるし、この後パーシバルをキュっとしなくちゃいけない。そういえば古の賢者の謎もあったな。表管理ソフトを使いたい気分だが、この世にそんなものはない。
ミケラルドが三人くらい欲しいところだが一つずつ消化していくしかない。
まずは、あの糞餓鬼からだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「おい! 何しやがる解けっ! 僕を誰だと思ってる!? 破壊魔パーシバルだぞ! こんのっ! くっ!」
木に吊し上げられる糞餓鬼君。
「早い、何もかもが早い」
「お褒め頂き光栄です」
「いや、褒めた訳じゃないんじゃが?」
吊るされたパーシバルを見た後、呆れ眼で俺を見たのは【歪曲の変化】で姿を変えている魔帝グラムス。
そしてここは、ガンドフの南に位置するディノ大森林。
深い緑が覆う空気の濃い世界。ここに【木龍グランドホルツ】がいるのかと思うと、緊張せざるを得ない。
大木から吊るされるパーシバル君。
豚の丸焼きのように拘束された彼の腕と足には、ミスリルの糸を束ねて作った縄が結び付けられている。手が露出出来ない程ぐるぐる巻きにしたので、彼は今、魔法すら出せない。そう、外部からの力が加わらない限り。
「お、お前たち一体何者だっ!? この僕に逆らうとはいい度胸だ!」
この状況でその自尊心は凄い思う。
グラムスが俺を見る。俺は一つ頷き彼に全てを任せる。
「世間知らずのヒヨッコが儂に逆らうとはいい度胸じゃ!」
「っ! その声っ!?」
グラムスは風魔法を使いふわりと跳躍し、パーシバルが吊るられている枝の上に乗った。そしてパーシバルを見下ろし言ったのだ。
「パァアアアシバルゥウウウッ……!」
腹を空かせた野犬のように目が鋭い。
「グ、グラムス師匠っ!? ひっ、ちょ! な、何で師匠がこんなところにいるんですか!?」
へぇ、流石は師弟関係。
悪童パーシバルも師匠には頭が上がらないようだ。
「闇に堕ちるとは馬鹿な弟子じゃ! 貴様にはたっぷりと説教と拳骨が必要なようじゃな!」
まぁ生き死にの世界だし、それは仕方ないと思う。
実際、パーシバルは多くの人間を不幸にしている事だろう。
俺みたいな裏技を使わない限り、刻の番人になるためにはそれだけの不幸を生んだという事。
俺としては、正直パーシバルの血を吸ってしまいたいところだが、これまで契約を遵守してくれたグラムスへの義理がある。それを守るためにも、この二人をしばらく見守る事にしよう。
「まずは生餌の刑じゃ!」
そりゃ中々猟奇的ですね、グラムス爺ちゃん。
次回:「その470 生餌」




